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『平成の黄門様』渡部恒三氏死去 88歳、衆院副議長を最長7年

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福島民友新聞

 元衆院副議長で通産相や厚生相などを務めた渡部恒三(わたなべ・こうぞう)氏が23日午前2時8分、老衰のため会津若松市の病院で死去した。88歳。27日に近親者で密葬を行う。後日お別れの会を開く予定。喪主は笹川平和財団上席研究員の長男恒雄(つねお)氏。  渡部氏は南会津町(旧田島町)出身。会津高、早稲田大第一文学部卒。内閣官房副長官などを務めた八田貞義氏の秘書や県議を経て、1969(昭和44)年に37歳で衆院に初当選し、14回連続当選した。自民党時代の83年に第2次中曽根内閣の厚生相として初入閣、自治(国家公安委員長)、通産の各相を歴任した。92年に通産相として本県での四極通商サミットの開催に尽力。新進党時代の96年に衆院副議長に就き、2003年まで通算7年近く務めた。在任期間は歴代最長。無所属での初当選となったが、幹事長を務めていた田中角栄氏の計らいで自民党に追加公認された。党内では国会対策委員長などを務め、小渕恵三元首相や橋本龍太郎元首相、小沢一郎氏らと共に、竹下派の「七奉行」の一人として地歩を固めた。

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