ジャック・マー氏“失踪”直前のスピーチ全文(後編)
アリババのジャック・マー(馬雲)前会長が、2カ月余り公の場に姿を現していないことから、消息についてさまざまな憶測が流れている。マー氏が2020年10月24日に登壇した上海の金融フォーラムで、中国の金融当局を批判しために、習近平国家主席らの怒りを買ったとの説も浮上している。 ジャック・マー氏が創業し、19年9月まで会長を務めた中国EC最大手のアリババのWebサイト。20年11月の「独身の日」セールの取引額は、4982億元(約7兆7000億円)にも上る しかしマー氏の実際の発言と大きくずれた報道も増えており、欧米メディアの記事をスピーチの内容を確認せず“切り取った”引用が日本では繰り返されている。 ここでは筆者が全訳した、同氏がフォーラムで20分にわたって語った内容の後編を紹介する。<前編はこちら>
2020年10月24日のジャック・マー氏スピーチ全文(後編)
第三に、金融の本質は信用マネジメントです。我々は担保を取るという考えを捨て、信用システムに基づいた方法に改めなければならない。 現在の銀行は、質草を取る、担保を設定するというやり方の延長上にあります。100年前は確かに素晴らしい発想でした。担保、質草というイノベーションがなければ今の金融機関は存在しないし、中国経済が40年で今のように発展することもなかったでしょう。 しかし、資産や担保に頼った体制はバランスを欠きやすい。この数年、多くの企業家と交流する中で、中国の金融における担保設定の考え方は問題だらけと感じています。資産を全部担保に入れてしまうと、プレッシャーに押しつぶされます。プレッシャーの増大は行動を制約します。あるいは、借りられるだけ借りてレバレッジを上げ続け、負債が膨らむケースもあります。 皆さんご存じでしょう。銀行から10万元借りるとき、あなたは動揺しています。1000万元借りるとき、あなたも銀行もドキドキします。では10億元ならどうか。あなたは全く慌てる必要がありませんが、銀行は焦っています。もう一つ、ありがちなパターンを紹介します。銀行は優良で、お金が必要でない企業に融資することが好きです。結果、優良企業は問題企業となり、あちこちに投資します。金があるならあるで、面倒を引き寄せるのです。 担保を取る発想では、世界が今後30年発展する中で、金融へのニーズに対応できないでしょう。我々は今の技術力を生かし、ビッグデータを基礎とした信用システムに置き換えなければなりません。この信用システムはITの基礎や顔見知り社会の基礎ではなく、絶対にビッグデータの基礎の上に構築されなければなりません。そうすることで本当の意味で「信用=財産」となります。物乞いをするにも信用が必要で、信用がなければ、日々の食事にもありつけません。 真に未来に向けた全く新しい金融システムがつくられることを期待します。 現在の金融システムは工業時代の産物で、工業化のためにつくられた金融システムです。「2・8理論」は、なぜ「2・8理論」と呼ばれるのか、20%投資して問題の80%を解決するためです。しかしが、未来の金融システムは「8・2理論」を解決しなければなりません。80%を占める小さな企業と若者に投資し、残りの20%の人を動かす。過去の「人が金を求める」「企業が金を求める」から、「金が人を求める」「金が企業を求める」「金が優良企業を求める」に変わらなければなりません。 このシステムの評価基準は、金融包摂、エコ、サスティナブル、そしてビッグデータ・クラウドコンピューティング、ブロックチェーンなど先進技術による裏付けの有無です。それらがあってこそ、巨大な責任を負うに値します。 皆さん、第二次世界大戦後、当時の人々はこのようなビジョンを持ち、次世代、未来のために良い金融システムをデザインしました。私たちは今、確固たる責任と考えを持って、真の意味で未来、若者、次世代のための、時代に適した金融システムを構築する責任があります。 私たちはできないのではなく、やらないのです。今日の技術の発展をもってすれば、全てやり通せますが、残念なことに多くの人がやろうとしません。今の世界の金融システムは絶対に改革しなければいけません。さもなくば、機会を失うのみならず、全世界がさらなる混乱に陥るでしょう。イノベーションに監督管理が追いつかないのはよくあることです。ただ、イノベーションが監督管理より先を行き過ぎて、監督管理の想像がはるかに及ばなくなると、それは異常事態であり、社会と世界は混乱に陥るかもしれません。 デジタル通貨の話をしましょう。未来の視座に立ち、30年後に世界が必要とする金融システムをつくる上で、デジタル通貨は非常に重要な中核です。今の金融はデジタル通貨を必要としていませんが、明日、そして将来必要になります。多くの発展途上国と若者にとってもです。私たちは、デジタル通貨が将来のどのような具体的な問題を解決するか、しっかり考えるべきです。10年後のデジタル通貨と今のデジタル通貨は、別物でしょう。 デジタル通貨は歴史から方向性を探るのではなく、そして、規制の視点で将来の道を狭めてもいけません。研究機関の視点ではなく、市場の論理、需要、将来の視点で方向性を詰めなければなりません。デジタル通貨は物事の根本に関わります。研究機関は政策機関であってはならず、政策機関も自分たちの研究機関だけに頼るべきではありません。デジタル通貨のシステムは技術の問題ですが、それだけではなく、未来の問題を解決するソリューションでもあります。 デジタル通貨はおそらく通貨の定義を変えるでしょう。通貨の主要機能は残っても、その価値は再定義されるでしょう。アップルによって携帯電話は再定義され、電話は一つの機能に過ぎなくなりました。それと同じです。デジタル通貨は通貨の標準の座を得ておらず、価値創造の段階、そしていかにデジタル通貨を通じて新しい金融システムを構築するかを考える段階にあります。 全世界のために未来を考えましょう。世界の貿易をどうするか、また、世界中で導入に耐えられる技術基盤を用いてデジタル通貨を構築する方法を考えなければなりません。サスティナブル、エコ、そして誰でもアクセスできる貿易ソリューションを実現するべきです。 最後になりますが、今、人類社会は最も重要な時を迎えています。今回の感染症を決して甘く見てはいけません。これは第二次世界大戦に匹敵するような、人類社会の歩みをひっくり返す力があります。 金融の視点から見れば、米国が世界各国、特にウォール街の株式市場に大量の現金を送り込み、各国がそれに倣う、その後の結末がどうなるか考えているでしょうか。その影響の大きさは、多くの人が今討論している技術の問題とは比べ物になりません。 私たちは世界中の多くの組織・機関の存在意義を簡単に否定せず、共にその価値を考え直すべきです。国連、WTO、WHO、これらの組織には確かに多くの問題がありますが、組織を解体して問題が解決するわけではありません。とはいえ、これらの組織が未来思考でどう改革を進めるか、改めて考えなければなりません。 新たな金融システムの未来の方向は、望もうが望むまいが、必ず考える時が来ます。私たちがやらなくても、誰かがやるでしょう。改革は犠牲を伴うもの、対価を払うものですが、我々の世代がこのように改革を行えば、次の世代の人々は、我々が先輩として責任を果たしたと見てくれると信じています。これは歴史的な機会であり、歴史的な責任です。 過去16年、アント・グループは一貫してエコ、サスティナブル、金融包摂と向き合ってきました。これらのポリシーに沿った金融を否定するなら、再び過ちは繰り返され、取り返しがつかない事態になるでしょう。ご静聴ありがとうございました。 (浦上早苗)
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