【識者の視点】世界のトップクラスと肩を並べた日本。さらなる飛躍を目指すには、まず個の力を磨け<第3回>
バレーボール識者は、東京オリンピックの戦いを見て、どのような手応えを感じたり、課題を見出したりしたのだろうか。若手選手の育成に情熱を燃やす増成一志氏。2017年・2019年ユニバーシアード日本代表監督を務めた松井泰二氏。元日本代表(ミドルブロッカー)で、世界を視野に多角的な視点でバレーボールを観察する小林 敦氏による座談会を、2021年9月に行った。バレーボールNEXt 本誌に掲載された企画を、パリ五輪に向かう日本代表がVNLで進化したバレーを披露している今、4回に分けてお届けする。【第3回】
ジュニアチームの目的は「普及」。シニアに入る選手はごくわずか
――Vリーグチームには下部組織がありますが、ジュニアチームはどのような方針で指導にあたっているのでしょうか。 小林さん ジュニアチームをもつ意義の第1は「普及」です。周辺地域には、中学生が部活動以外でバレーボールに取り組む環境がほとんどありません。アローズジュニアには塾的な感覚でバレーボールができる環境を求めている子どもたちが集まって来ます。今年も中1から中3まで約80名が活動しています。この活動を30年近く行っていますが、ここからV1に進んだのは富田将馬1人です。つまり99.9%の子どもたちがトップカテゴリーには進まないので、バレーボールに携わる子どもたちにバレーボールを好きになってもらい、その子たちからさらに輪を広げていってもらう、というイメージで活動しています。 私の子どももバレーボールに取り組んでいますが、親がバレーボールに携わっていると、その子どももバレーボールに取り組む傾向が高いと思います。その理由は、バレーボールに触れ合う機会が多く、身近に感じるからだと思います。バレーボールを始めてもらうには、身近にバレーボールと触れ合うことができる環境がある、ということが重要であり、アローズジュニアもそういう存在でありたいと思ってます。高校、大学と進むにつれて、徐々にバレーボールから離れていく子どもが増えていくので、中学生のうちにできるだけ「バレーボールっておもしろいな」「もっともっとうまくなりたいな」という意識が芽生えるような活動をしていくことが大事であると思っています。たとえ、トップカテゴリーに進まなくても、生涯スポーツとしてバレーボールとの関わりを生み出すことができれば、バレーボール界の持続的な発展にも貢献できると信じています。 増成さん ジェイテクトジュニアの指導はジェイテクトSTINGSのOBが担っています。私は直接携わっていませんが、基本的な考え方はアローズジュニアさんと変わらないと思います。トッププレーヤーの育成を図るという一面もありますが、チームの本拠地である刈谷市では中学校の指導者が減っています。バレーボールをやりたくてもやれない子どもたちがいるという実情を踏まえて、オープンに受け入れています。そしてバレーボールの楽しさを知ってもらい、なおかつ活動を通して人間関係を築く力を習得することを第一に指導していると思います。 技術指導の方針としては、サイズにかかわらず、基本技術をしっかり練習させるということは共有できていると思います。大きい選手は関節が弱い傾向があるので、無理をさせないようにしながら、膝の使い方や体の重心の使い方も含めて教えていると思います。 ――早稲田大学にジュニアチーム出身の選手はいますか。 松井さん アローズジュニアの山田大貴(2年/現在は3年)がいます。彼はバレーボールが大好きなんですよね。「バレーを好きになったのはあの体育館」と、いつも言っています。小さい時にそういう気持ちを育ててもらっているので、私としてはすごく育てやすいです。大塚達宣(3年/現在は4年)もパンサーズジュニアの出身です。 ――ジュニアチームの活動は中学生の間だけで、高校を挟んでいますが、何か違いを感じるところはありますか。 松井さん ジェイテクトさんや東レさんに練習に行かせていただいた時に、ジュニアチームの皆さんが練習している様子を目にしますが、本当に楽しそうに取り組んでいます。それは(ジュニアチームが)勝つことを目的とせず、一人ひとりの将来的な展望を考えて育成しているからではないかと思います。ジェイテクトさんも東レさんもOBの方が指導されているので、先を見る目があり、一人ひとりにきめ細かく対応し、個人の良さを引き出してくださっている気がします。 (ジュニアチームが)「普及」を前提に活動されているのは良いことだと思います。水泳などは、そこから選手コースとレクリエーションコースに分かれますよね。10年後になるのか、20年後になるのかわかりませんが、バレーボールもそういう形になっていくことが望ましいような気がします。<次回へ続く> Profile 増成一志氏(ジェイテクトSTINGS チームコーディネーター) 現役時代のポジションはセッター。清風高校を卒業後、象印に入団。以来、数々のチームでプレーし、2009/10シーズン(引退時の所属チームは大分三好)までトップリーグで活躍した。指導者になってもバレーボールへの情熱は変わらず、2018年にはU-20日本代表監督を務めた。 松井泰二氏(早稲田大学スポーツ科学部准教授・男子バレーボール部監督) 現役時代のポジションはセッター。早稲田大学を卒業後、公立中学校の教員として男子バレーボール部を指導し、経験と実績を積む。その後、筑波大学大学院で学ぶ傍ら、筑波大学バレーボール部や土浦日大高校でコーチを務める。中高大の現場を経験して現職に就くと、全日本インカレ4連覇。ユニバーシアード日本代表監督としても手腕を振るっている。 小林 敦氏(東レアローズ ゼネラルマネージャー) 現役時代のポジションはミドルブロッカー。筑波大学を卒業後、東レアローズに入団。中心選手として活躍し、リーグ初優勝に貢献した。日本代表選手として2002年世界選手権、2003年ワールドカップ、2004年アテネ五輪世界最終予選(キャプテン)などに出場。2006年に現役を引退後は、コーチ、監督、GMという立場で後進の指導や地域貢献に力を尽くしている。
バレーボールNEXt(取材・構成/金子裕美)