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ようやく戦争が終わり…菊田一夫とのコンビでヒット連発【今週のエール豆知識】

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日刊ゲンダイDIGITAL

【今週の「エール」豆知識】  太平洋戦争が終わるまでを描いた第18週はとても重たい展開だった。古山裕一(窪田正孝)の恩師・藤堂清晴(森山直太朗)がビルマ(現ミヤンマー)の前線で亡くなり、古山音(二階堂ふみ)の音楽教室の生徒だった梅根弘哉(山時聡真)も還らぬ人となった。自分の作った歌が人々を戦争に駆り立てたと茫然自失になる古山裕一の姿がクローズアップされる。  同週の最後で、劇作家の池田二郎という人物が戦災孤児をテーマにしたラジオドラマの企画をNHKに持ち込む。この池田を演じているのは北村有起哉(46)。NHK連続テレビ小説とは縁のある性格俳優だ。2017年度下半期「わろてんか」では屈折した落語家を好演。注目を集めた。夫人は2002年度上半期の「さくら」でヒロインを務めた高野志穂(40)。今年2月には第2子が誕生している。  10月19日からの第19週では、池田が持ち込んだラジオドラマ「鐘の鳴る丘」を中心に展開。このドラマで音楽を担当した古山が立ち直っていく姿が描かれる。池田のモデルである菊田一夫が作詞し、古山のモデル・古関裕而が作曲した主題歌「とんがり帽子」や劇中歌「イヨマンテの夜」は大ヒットした。その後も古関と菊田はタッグを組み、「フランチェスカの鐘」や「君の名は」など、いくつもヒット曲を送り出している。 ■CIE主導で生まれた「鐘の鳴る丘」  さて「鐘の鳴る丘」だが、「エール」では池田が企画を持ち込んだことになっているが、事実は少し違うようだ。菊田は「鐘の鳴る丘前後」(「文芸春秋」1952年6月号)という寄稿文の中で次のように語っている。 「『鐘の鳴る丘』が企画されたのは、CIE内部に、その以前から、浮浪児救済問題を採り上げる企画があったところへ、フラナガン神父が来朝したので、これを機会に……と、いうことになったのだそうです」  フラナガン神父とは、GHQのマッカーサー司令官が日本の戦災孤児対策で招聘した人物。赤い羽根助け合い共同募金も、彼の提案によって始められた。  そしてCIEとは、占領軍民間情報教育局のこと。被占領国・日本の放送を監視・指導するための機関だった。NHKは完全に彼らの言いなりだった。少しでも反発する姿勢を見せると、その社員はすぐにクビになった。そうした中で、CIEの主導で生まれたのが「鐘の鳴る丘」だったのである。  とはいっても、脚本を担当した菊田はいろいろやりあったらしい。1回15分の放送を要求するCIEに対し、菊田はそんな短い時間では1話が収まらないと主張したのである。だったら回数を増やせばいいと、CIEは譲らず、結局、菊田が折れたが、15分の長さはリスナーに飽きさせないという意味でちょうどよかったようだ。ドラマは大人気となり、放送回数は790回にも及んだ。  その一方で、ドラマの中で「バカ野郎」「ぶっ殺してやる」といったセリフがさかんに出てくるのに抗議する大人も少なくなかった。当初、CIEは「無知蒙昧な親たちを気にするな」と菊田を支持していたが、しばらくすると「聴取者の意見も尊重しなくては」と言うようになる。菊田も次第に熱意を失い、ロングランも終焉を迎えたのだった。 (田中幾太郎/ジャーナリスト)

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