薩摩錫器の伝統技術を次世代に。「薩摩錫器工芸館」の今までとこれから
錫製品の製造は、職人がすべて手作業で
ー錫器の職人として一人前になるまで、どのくらいの年月が必要なのでしょうか。 30年ほどかかります。私は50歳なんですが、ようやくお客様にお出しできるような商品を作れるようになりました。 お金をいただく商売ですので、いい加減なものは作れません。いいものを作れるようになるまでは、やはり30年弱は必要です。 ー長い月日がかかるんですね。どのような工程を経て商品が出来上がるのか、教えてください。 原料となる錫の大きな塊「錫インゴット」をまず溶かします。 次に、溶かした錫を型に流し込み、固まったら型から錫を取り出します。これを「生地」と呼んでいるんですが、このままだと重すぎたり、周りがガタガタしていたり、汚れていたりするので商品にはなりません。 そのため、きれいになるように機械で削っていきます。この作業を、「削り出し」と言います。 削り出しは、機械ではなく、人の手の感覚で行っていて。機械につけた生地を回転させ、そこに刃物を当てて、程よい形や厚みになるよう手の力を使って削っていくんです。 ある程度削ったあとは、叩いて模様をつけたり、「エッチング」という表面加工を施したりします。商品が出来上がるまでに、全部で13工程ほどあります。
ー手の力で削るんですね。 錫は少し柔らかく、熱をもったりするとすぐに曲がるので、緩めたり強めたりと手の感覚で力加減を調整しています。 実は、錫は量産加工向きではない金属なんです。錫器を作るのもすべて手作業なので、商品の出来上がりも職人によって全然違います。 弊社では、見た目がきれいなものしか出荷しないので、出来上がったものはきちんと選別しています。 ー出荷できないと判断したものは、どうなるのでしょうか。 出荷できないものは、もう一度溶かして使います。他の製品と違って、錫器は再利用できます。捨てるところがない、エコな商品なんです。 ー製造工程は13工程ほどとのお話でしたが、技術的に難しい工程や作る難易度が高い商品を教えてください。 茶筒や茶壷など、密閉度の高い容器を作るのが一番難しいです。これを作れるようになるには、先ほど言った通り30年ほど訓練や修行が必要です。 特に難しいのは、茶筒の蓋です。気密性を高めるには、蓋がストンと落ちてもいけませんし、きつすぎて蓋が開かない状態になってもいけません。その間で、程よく閉まるように作るのが難しいんです。 非常に精度が求められる製品を、手の感覚だけで削っていくのです。また、手作業で作っているので、同じものを同じスピードで何個も作れる。いつでも同じものを作り上げられるようになることが、職人としてのゴールです。 ーこうした伝統的な技術を守る上で、大切にしていることはありますか? “伝統を守る”とは、技術的なこともあると思いますが、人を新たに雇用することもそのひとつだと考えています。 また、やはりこれだけ時代の移り変わりが早いと、売り方も変えていかなければなりません。以前は約9割のお客様が百貨店やデパートで購入してくださっていました。しかし、今はインターネットを使ってものを買う時代になっています。 私が家業を継いだのは30年前なのですが、当時はスマートフォンもありませんでした。こうした時代の流れに順応していくためにも、新しい風も入れるようにしています。 錫器の製法に関しては、昔からあるものでもいいものは残していて。技術も継承していかないといけないので、若い人材を採用して技術継承を行っています。