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まもなく開かれる相模原事件初公判 「内なる優生思想」に私たちはどう抗うか

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BuzzFeed Japan

事件から3年、状況はより苛烈に

ーーどういう人が言っているのでしょうね。 ネットの罵声なのでわからないのですけれども、「苦しい」と言った人に、「お前の苦しさなんて大したことない」と被せて黙らせるのが事件から3年でより苛烈になったと感じます。 ーー「日本全体が地番沈下した」という言い方をされていますね。不遇感や剥奪感を抱えた人が増えたのでしょうか? そうですね。2008年の大晦日から2009年の正月にかけて行われた「年越し派遣村」は盛り上がって同情も寄付も集まり、こんな世の中は嫌だという空気が生まれました。 でも、その後の10年で非正規雇用は増え、賃金は下がるし、格差、貧困をめぐる状況が可視化されたところで何も変わらないということをみんなが学習した10年間でもありました。「ここで負けたら死ぬ」という競争をずっとさせられている中で、じわじわした疲弊感が積もっています。 10年前、逆に、「こぼれ落ちないようにさらに強くしがみつかなくては」と思った人もいますから、「自己責任」を強調する反動も大きく、「自分もいつああなってもおかしくない」というトラウマが日本社会の中に広がりもしました。 誰も助けてくれないんだということをみんなが確認しあった10年間で、その間にも、電通などの過労死が社会問題化したり、仕事を原因とした精神疾患の労災認定数が過去最高ということが続たりしても、結局、職場の厳しさというのは全然変わらなかった。 余裕ができたとか賃金が上がったとか、働きやすくなったとかハラスメントがなくなったということをほとんど聞いたことがありません。 その中で、さらに弱みを見せず、勝ち抜かなくてはと思っていると、いつの間にか、きれいごとを言う人をコテンパンにやっつけたいという思いが募る。あるいは「苦しい」と自分も言いたいのに、先に苦しいと言われたら、その人を憎む。 「自分だって我慢しているのに、なんと堪え性のないわがままなやつだ」という苛立ちを感じます。

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