団地で一人で逝った母 望む晩年を実現させてあげられず後悔 是枝裕和監督
阿部寛と樹木希林は「必ず出演してくれる」と確信していた
とは言いつつ、作品には湿っぽさはない。 「後悔をそのまま作品に出しても面白くないよね。主人公が後悔に気づいていないから笑えるんです。観客より先に主人公が気づくと本人のカタルシスは得られるかもしれないけれど、観客は白ける。主人公がダメな人生を送っていることをきっと後悔するのだろうと観客は分かっているが、本人がそれに気づいていないということを発見することが大事なんです。本質的には何も変わっていないけれど、何となくちょっと違うかも……と感じてしまうような映画ですね」と解説する。 そんな「なりたかった大人」になれず、くすぶっている主人公をチャーミングに演じたのが、是枝監督が絶大な信頼を置く俳優・阿部寛。そしてその母を、こちらも是枝組常連の樹木希林が演じる。 「あの二人は完全に当て書きですね。ノーと言われたら『別のキャストで』とはならない存在。断られたら映画自体がなくなるってプレッシャーをかけました(笑)」 是枝監督には「(阿部、樹木ともに)必ずやってくれる」という確信があったのだ。それでも、樹木からは 「監督、分かっていると思いますが、こうした何も起こらない普通の人を演じるのは役者として一番難しいのよ」と釘を刺されたという。
池松壮亮は「やらないよね」
一方、阿部演じる良多の姉役の小林聡美、後輩役の池松壮亮(そうすけ)は是枝組初参加だ。 「小林さんは以前から一緒にやりたいと思っていた女優さん。樹木さんとの母娘は二人が並んだだけで面白い」と評すると、池松に対しては「彼は“やらない”よね(笑)。あの温度の低さは、年齢からくるものなのか、企みがあってやっているのか……。現場で見てみたいという気持ちがあったんです。結局は解明できなかったけれど、非常に良かった。色っぽかったよね。あの年であの影が出せるのは、計算を超えた天然のものなんだろうね」と絶賛する。
アカデミー賞監督から日本映画への提言!
劇中の登場人物は“変わったようで変わっておらず、変わってないようでちょっと変わった”感じがする。 「人間って意外と変わらないもの」と是枝監督はインタビュー中に述べていたが、変わらなくてはいけないこともある。 3月に行われた「第39回日本アカデミー賞」では、日本映画界に対してシニカルかつユーモアに富んだスピーチを展開し、会場を盛り上げた。 「あそこの場が日本映画界だとしたら、つい最近まで呼ばれなかったから、日本映画界には責任がないと思っていたんですよね。でも一緒に頑張っていきましょうって言っちゃったからな(笑)」と苦笑いを浮かべる。 「このまま放っておくと日本映画のガラパゴス化が進んでいってしまう。今の日本って国内マーケットの劇場興収や配給収入だけで映画がペイできてしまう希有な島国なので、映画がある一部の人たちの既得権益になってしまっているんです。制作、劇場、配給を同じ会社がやっているという状況が当たり前だと思っている。国内マーケットでペイすることを前提に今後も映画作りを続けていけば、映画産業はどんどん縮小していってしまいますよね。現状では危機意識すら共有できていないので、その問題は指摘しないとダメだよね」と警鐘を鳴らす。 世界的に高い評価を得ている是枝監督だからこそ、海外マーケットを視野に入れた作品作りということは常に意識しているという。 「戦争中のアジアを舞台にした映画を撮ろうという構想は10年ぐらい前からあるけれど、現状では中国や韓国との共同製作という形をとらないといけないでしょ。今の政治状況だと難しいし、企画自体が通らない。でも政治でできないことを文化が超えていくのだという覚悟も必要だし、やっていきたいと思っています」と語ってくれた。 (取材・文・写真:磯部正和) 『海よりもまだ深く』2016年5月21日(土)丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか 全国ロードショー、配給:ギャガ