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【#トッププレーヤーの高校時代】熊谷尚也「様々なことに挑戦できたから今の自分がある」

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バスケットボールキング

BリーグやWリーグの選手たちに、高校時代のことを振り返ってもらうインタビュー企画、 第7回は福岡県の九州産業大学付属九州産業高校出身の熊谷尚也だ。 今ではBリーグを代表するオールラウンダーとして活躍する熊谷選手だが、高校までは全く無名選手だったという。 そんな熊谷選手の自身の基礎を作った高校時代について話してもらった。 【#バスケを止めるな2020】阿部友和(富山グラウジーズ)が自作のプレー映像で切り開いた大学への道 写真=B.LEAGUE 取材協力=川崎ブレイブサンダース

強豪校出身でもなくエースでもなかった中学時代

――バスケを始めたきっかけは? 熊谷 最初は兄弟の影響でサッカーを始めたのですが、すぐに辞めて、その後父のすすめで小3からバスケを始めました。 ――熊谷選手の出身の福岡県は全国的に見てもバスケが盛んで、強豪チームが中学、高校とあります。 熊谷 中学は強豪校ではなかったので、最高成績は市大会に出場する程度でした。 ――その中で熊谷選手の役割は? エースですか? 熊谷 エースではなかったです。チームメートに上手い選手がいたので。選抜などにも選ばれることもなく、特に目立つような選手ではありませんでした。 ――九州産業大学付属九州産業高校に進学した理由は? 熊谷 父親の知り合いが職員でいらっしゃったことと、当時バスケ部ができて3年目ということで伝統あるクラブではなかったこともあり、気楽にバスケができると思って進学を決めました。 ――高校の練習にはすぐになじめましたか? 熊谷 先輩方も良い人たちばかりでしたし、同級生もおもしろい人たちばかりだったのですぐになじめたかと思います。 ――練習メニューが厳しくて部活をやめたいと思ったことはありますか? 熊谷 週の内に体育館が使える日が少なく外練がたくさんあったのでそれは嫌いでしたが、やめたいとは思わなかったです。 ――名物練習はありましたか? 熊谷 ルーズボールの練習が夏休みの定番で先生がライン際にボールを投げてそれを飛び込んで取り、レイアップを決める。僕はレイアップ禁止で全てダンクしろと言われてやってました。 ――当時のコーチに教わったことで思い出に残っていること、今でも役になっていることは? 熊谷 それまで背が高かったこともありずっとインサイドプレーばかりでしたが、高校からアウトサイドのプレーをさせてもらえるようになったことです。そのおかげで今こうして3番ポジションでプロになることができたと思います。

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