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「本能寺の変」は2週間前まで、マジで”ぜんぜんそんな感じじゃなかった”らしい。|13歳のきみと、戦国時代の「戦」の話をしよう

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房野史典〔ブロードキャスト!!〕  

【本能寺の変】パート1 炎の中に消えた英雄 日本史の中で一番有名な出来事じゃありません?『本能寺の変』て。 内容をご存知の方も多いと思うんですが、一言で言えば、 「織田信長殺人事件」 ですよね(実際は自死ですが)。 もうちょっとだけ解像度を上げるなら、 《1582年。京都の本能寺ってお寺にいた織田信長が、明智光秀って家臣に襲われちゃう。で、信長は命を落としちゃう。 誰もが予期しなかった織田信長の死。 当時の天下人が突然消えたことにより、あらゆる武将の立場が劇的に変わったのでした。》 という感じになります。  天下取りレースの先頭を爆走する信長がいなくなるんですから、戦国トピックスの中でもSSランクの重要度。 しかもそれが、謀反(家臣の裏切り)によるものなんですから、SSSランクの真っ青度。 そして、『本能寺の変』がここまで有名になった原因の一つに、明…… という話の前に、まずは事件の中身ですよね。だいたいの流れを知っとかなきゃ、なんのことやらサッパリですもの。 では、さっそく中身をお伝えしていきたいんですが、 『本能寺の変』で一番重要なポイントは、たった一つ。ハムエッ…… という話の前に、まずは事件の中身ですよね。 "有名になった原因"と"重要なポイント"を知るためにも、まずは事件の流れから。 ではまいります。『本能寺の変』。 『長篠の戦い』から7年後。 信長・家康は、ついに東日本最大の敵、武田家を滅ぼします(「甲州征伐」って言うよ)。 なっがい戦いだったけど、信長は武田の持ってた領地をゲット。一緒にがんばった家康にも、 信長「家康くん、駿河国あげるよ」 家康「え、いいんすか!? あざーす!!」 駿河国をプレゼントするんですね。 テンション爆上げとなった家康は、「こりゃちゃんとお礼言わねーと!」ってことで、信長のお城・安土城(滋賀県)をたずねます。 家康「この度は、駿河国をいただき、本当にありがとうございます!」 信長「いや全然全然! もうぜーんぜんよ! それよりゆっくりしてってね。こっちはもてなす気まんまんなんだから覚悟しろコノヤロー! ハッハッハッ……あ、そうだ、ここにいるあいだのお世話はこいつがやるから。光秀、ぷちょへんざ」 明智光秀「ちぇけら」 このとき家康の接待役をまかされたのが、『本能寺の変』をおこした張本人、 明智光秀 です(会話はもうぜんぶ無視して)。 信長、家康、光秀。戦国時代を大きく動かした役者がそろった安土城レセプションパーティー。 信長と家康が「あれ、ちょっとやせた?」「え、前より太ったんすけどね?」なんて会話に花を咲かせ(てないでしょうが)、なごやかムードに肩までつかってるところへ、 一通の手紙が届きます。 送り主は、もう一人の役者、 羽柴秀吉(豊臣秀吉)。 手紙の内容は、 羽柴秀吉「信長さまーー! 毛利の家臣がいる備中高松城(岡山県)を攻めてたら、毛利軍の本隊が出てきました! ここで毛利を叩きたい! 信長さまのお力を貸してください!!」 というものです。 毛利ってのは中国地方のほぼ全域を支配してるスーパー大名。東日本のラスボス級が武田だとしたら、西日本のラスボス級がこの毛利です。 中国地方攻め(中国方面軍)のリーダーをやってた秀吉は、 「いよいよ毛利が出てきた! 信長さん助けて!」 ということを伝えてきたんですね。 これを受けて信長は、 信長「これは天が与えてくれたチャンスだ(だいたいいつも天のことを気にする信長)! オレが出陣して、中国地方のやつらを全員倒し、その勢いで九州まで平定してやる!」 と、戦闘モードにスイッチが入り、 信長「光秀! 家康くんの接待役は終わりだ! お前には援軍の先陣を命ずる! すぐさま秀吉のもとへ向かえ!」 光秀「はっ!」 光秀に中国地方へと向かうよう命令したのでした。 で、こっからなんかんやあって、2週間後に『本能寺の変』です。 ……え? ですよね。 「え、急になに?」がすさまじい。 たった2週間をはしょっただけで、いきなり『本能寺の変』。 とにかくまっさきに浮かぶのは、 ”2週間のあいだに何があったんだ……?” って言葉です。 ならば、ちょっと見てみましょう。 秀吉の手紙が届いた、天正10年(1582年)5月17日(たぶんこの日あたり) から、 『本能寺の変』がおきた、天正10年(1582年)6月2日 までの、2人の2週間を(ちなみにこのときは「旧暦の小の月」って言って、5月は29日まで)。 この期間に、信長と光秀がなにをしていたのかがわかれば、 「あー、だからあんな事件が起こったのね」 と、気持ちのいい『本能寺の変』をむかえることができそう。 ということで、 「『本能寺の変』の前日まで2人がなにをしていたのか?」 を、かみくだいてお伝えします。 またもや登場の『信長公記』(太田牛一って人が書いたやつ)という史料をガリッゴリにアレンジして、 「もしもこの時代に、かわいい絵日記があったら」 というテイストにしてみたので、ちょっと読んでみてください。絵はないけど。 次回ね! ■房野史典〔ブロードキャスト!!〕 1980年岡山県生まれ。名古屋学院大学卒業。お笑いコンビ「ブロードキャスト!!」のツッコミ担当。 無類の戦国武将好きで、歴史好き芸人ユニット「ロクモンジャー」を結成し、歴史活動にも意欲的。 子供たちに歴史の面白さを教える授業も好評。初の著書『笑って泣いてドラマチックに学ぶ 超現代語訳 戦国時代』で、ブレイク! 戦国に始まり、『笑えて、泣けて、するする頭に入る 超現代語訳 幕末物語』『時空を超えて面白い! 戦国武将の超絶カッコいい話』など著書あり。

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