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諦められない球児にも伝えたい…「甲子園球場」でプレーできる意外なチャンス

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デイリー新潮

 5月20日、新型コロナウイルス感染拡大の影響で全国高校野球選手権の中止が決定となった。春の選抜高校野球に続いての中止であり、甲子園出場を目指していた高校球児にとっては、その挑戦の機会も失われることとなった。しかし、選抜高校野球、夏の選手権大会以外にも実は甲子園でプレーするチャンスがあることや、高校野球の他の大会でも使用されていたことはあまり知られていない。 【写真】江川卓、「甲子園100回記念」始球式を拒絶

 甲子園球場が完成したのは1924年だが、翌年からは兵庫大会の会場としても長く使用されている。最後に夏の兵庫大会、秋の近畿大会が甲子園で行われたのは2004年のこと。近畿大会には当時履正社の2年生だったT-岡田(岡田貴弘・オリックス)が出場しており、準々決勝の八幡商戦では甲子園でホームランも放っている。ちなみにT-岡田が在籍していた時の履正社は一度もいわゆる甲子園大会に出場することはできなかったが、甲子園ではプレーしていたのだ。だが、兵庫県や近畿のチームだけが全国の高校球児の憧れの舞台に立てるのはおかしいのではないかという声も多く、2005年以降は兵庫大会、近畿大会で使用されることはなくなった。  高校野球の大会は行われなくなったが、高校入学前に既に甲子園でプレー経験のある選手がいることもあまり知られていない。それを可能にしているのが、近畿地区の中学硬式野球の3連盟(リトルシニア・ボーイズ・ヤング)の交流戦として行われている「タイガースカップ」の存在だ。阪神タイガースが主催で2005年から始まったもので、各連盟の予選を勝ち抜いた代表12チームが出場し、毎年11月の下旬から12月の上旬にかけて行われている。現在、ロッテでプレーしている東妻勇輔は2010年に和歌山興紀ボーイズで出場し、中学生ながら2本のホームランを記録している。また2018年に春夏連覇を達成した大阪桐蔭のキャプテンを務めた中川卓也(現早稲田大)も2014年に大阪福島リトルシニアで出場し、敢闘賞を受賞している。この二人は高校でも甲子園大会に出場しているが、一足先にその土を踏んでいたことになるのだ。  高校野球の聖地である甲子園だが、実は大学野球でも使用されている。関西大と関西学院大の間で行われる「関関戦」は基本的に甲子園で行われているのだ。この2校は関西学生野球連盟に所属していることから、同じリーグに所属する近畿大と京都大の対戦も関関戦と同じ日程で行われている。この4校に所属している選手は甲子園でのプレーが比較的日常と言えるのだ。しかし、もうひとつ大きな対抗戦として扱われている同志社大と立命館大の間で行われている「同立戦」は関関戦とは重ならず、会場はわかさスタジアム京都で固定されているため、この2校の選手は同じリーグであっても甲子園でプレーすることはない。また、最近では甲子園の日程調整の問題もあって、春季リーグの関関戦のみ甲子園で行い、秋は違う球場を使用するというケースも続いている。ただ、大学生でも甲子園でプレーできる機会があるというのは、大きな魅力であることは間違いないだろう。  高校、大学を卒業した大人の元球児が甲子園でプレーする機会も用意されている。それが2004年に始まった「マスターズ甲子園」だ。出身校別に同窓会チームを結成して全国高校野球OBクラブ連合に加盟し、そのチームの都道府県で8校以上が参加しての予選が可能になれば、本大会出場に挑戦することが可能となる。その年によってばらつきはあるが、昨年行われた大会では16の地域から代表校が本大会に出場している。野球を生涯スポーツとしてとらえた取り組みという意味でも、非常に面白い試みと言えるだろう。  春、夏の甲子園大会と今回紹介したような甲子園球場で行われている試合ではもちろん意味合いは大きく異なっているが、たとえ大観衆が詰めかけていなくても、高校野球最後の舞台ではなくても、甲子園球場という場が持つ空気というのは独特なものがある。そのグラウンドに立てる機会が残されているのであれば、そこにチャレンジする価値は大いにあるのではないだろうか。 西尾典文(にしお・のりふみ) 野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。 週刊新潮WEB取材班編集 2020年6月9日 掲載

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