自民党の要望書でテレビの現場はますます「無難に」「わりきる」報道へ ── 水島宏明氏に聞く(4)
また、テーマ選びについても同様です。それぞれの政党ごとに今回の選挙の争点だと思うことは違います。あるテーマを扱うことはある政党には有利でも別の政党にとっては不利になります。今回で言えば、自民党が争点にしたくない、原発などのエネルギー政策や所得格差問題、非正規労働者の問題、社会保障の削減問題などをテーマにするだけで「偏向だ」と言われかねないことになります。 街頭インタビューも、何かの問題について賛成の人と反対の人を機械的に50%ずつにすれば「公平中立、公正」になるのでしょうか。そもそも街頭インタビューを放送するのは、一般の人たちの感想や国民の雰囲気を報道の中に反映させるためです。たとえば「賛成」「反対」「よく分からない」というケースで取材してみたら40%、20%、40%の答えだった時に、この割合で放送するのが「公平中立、公正」になるのでしょうか。 そもそも「賛成」とも「反対」とも言えないようなテーマについて、たとえば今回の衆議院解散総選挙の実施についての感想を求めるような街頭インタビューでは、大多数の国民は否定的でしょうが、それでも否定的な声の他にも「安倍首相の決断は正しい。よくやった」という声を同じぐらい入れないと「公平中立、公正」ではないのでしょうか。 突き詰めると、その1つの問題だけでも専門家の間でも議論が分かれるような難しい問題を含んでいるのです。 資料映像の使い方も同様です。資料映像というのは過去の映像のことですが、テレビでは過去の映像を使うことでいろいろなこれまでの経緯を視聴者に対して説明することができます。過去の出来事がリアルに記録されている。それがテレビというメディアの強みです。 たとえば前回の総選挙に突入する衆議院の解散は、民主党政権の野田前首相によって行われました。その解散を決めた国会での党首討論で当時の安倍・自民党総裁が「国会議員の定数削減」を野田首相(当時)に約束したことで、「解散」が実現することになりました。この映像は今回の解散総選挙にいたる流れのなかで一部の民放ニュースなどで放送されました。 ただ、この映像を見ると「安倍総理はあの時の『約束』を守っていない」ということは明確に分かることになります。こうした映像を使うことも自民党の言う「公平中立、公正」という基準ではアウトということかもしれません。要望書にはくわしく書いていませんが、テレビ局の側では「これもアウトでは?」という抑制的な方向に動くことになります。つまり、自民党の要望書はテレビの強みを「殺す」ような内容になっているのです。 ---------------- 水島宏明(みずしま ひろあき) 法政大学教授・元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクター。1957年生まれ。東大卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー 『母さんが死んだ』や准看護婦制度の問題点を問う『天使の矛盾』を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。『ネットカフェ難民』の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科 学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。近著に『内側から見たテレビ』(朝日新書)。