ドイツ「エネルギー重商主義」の敗北
ドイツの対ロ政策の失敗を、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が端的に表現した言葉が、私の心に残っている。彼は3月17日にドイツ連邦議会の議員たちに向けてリモート演説を行った。日本の国会議員に向けたリモート演説とは異なり、ゼレンスキー大統領の言葉は鋭い批判に満ちていた。 「我々は戦争が勃発する前に、ロシアがウクライナへの侵攻を思いとどまるように、厳しい経済制裁措置を発動してほしいとあなた方に要請した。しかしあなた方はロシアとの貿易を重視し、経済・経済・経済の原則を貫くだけだった」 彼はドイツがロシアとの経済関係を重視するばかりで、ロシアの危険を過小評価したと非難しているのだ。 確かにウクライナの支援要請に対するドイツの反応は、鈍かった。ロシアは、去年の秋から10万人を超えるロシア軍をウクライナ国境沿いの地域に集結させていた。このため米英が携帯式対戦車ミサイルなどをウクライナに供与し始めていたのに対し、ドイツはヘルメット5000個を送って、世界の失笑を買った。ドイツが携帯式対戦車ミサイルなどを送り始めたのは開戦後であり、NATO(北大西洋条約機構)加盟国の中で最も遅かった。
「ロシアはエネルギーを政治的武器にしない」という思い込み
ゼレンスキー大統領は、ロシアからドイツに直接ガスを輸送する海底パイプライン「ノルドストリーム1・2(NS1・NS2)」も俎上に載せた。彼は、「我々はドイツ政府に対し、『ウクライナを経由せずに西欧にガスを送るNS2は、ロシアの政治的な武器だから、建設を許してはいけない』と警告してきた。しかし、あなた方は我々の警告を無視した」と非難した。オラフ・ショルツ首相は、今年1月の時点でも記者会見で「NS2は純粋に民間経済のプロジェクトであり、政治とは無関係だ」と繰り返していた。 ウクライナや、冷戦時代にソ連に併合されたバルト三国、社会主義陣営に組み込まれたポーランドはロシアの恐ろしさを熟知していた。だがドイツはこれらの国々の警告には馬耳東風で、ロシアとの経済プロジェクトを粛々と進めた。 ロシアの国営企業ガスプロムは、2011年にNS1を稼働させた。2015年にはドイツ政府の承認を得て2018年にNS2の建設を開始し、去年完成させた。つまりメルケル政権は、プーチン政権が2014年に国際法に違反してクリミア半島を併合してからわずか1年後に、NS2建設プロジェクトにゴーサインを出した。さらに2015年にドイツ政府は、ガスプロムがドイツ最大のガス貯蔵施設を、ドイツの大手化学メーカーBASFから買収することも承認した。この結果ロシアはドイツのガス貯蔵キャパシティーの約4分の1を支配することになった。製造業界の血液であるガスの供給と貯蔵をロシアに委ねるこれらの決定は、当時ウクライナやバルト三国の政府を唖然とさせた。 ショルツ首相がウラジーミル・プーチン大統領の本心に気づいたのは、遅かった。彼がNS2プロジェクトの凍結を命じたのは、ロシアが今年2月21日に「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」の独立を承認した翌日。ロシアの戦車部隊がウクライナになだれ込む2日前だった。 さらにゼレンスキー大統領は、連邦議会へのリモート演説の中で「我々をNATOやEU(欧州連合)に加盟させてほしいという要求も、あなた方は聞いてくれない」と批判した。彼は、「今欧州には新たな壁が築かれつつある。我々は壁の向こう側に取り残され、ドイツは壁の西側に残る。あなた方はNSに関する我々の警告を無視し、NATOやEU加盟への道を閉ざすことによって、欧州を分断する壁を築くセメントを提供している」と述べ、ドイツがウクライナを見捨てようとしていると嘆いた。「壁を築くセメントを提供している」という言葉には、ドイツが対ロ関係を重視した過去を引きずり、ウクライナ支援に本腰を入れていないという批判が込められている。 この日ゼレンスキー大統領は、「ウクライナではすでに数千人の市民が死亡した。その内、子どもの死者は108人だ」として、ショルツ政権に対し「ウクライナを助けるために十分な努力をしなかったと後悔しないように、新たなヨーロッパの壁を打ち破ってほしい」と迫った。この言葉には、「今我々を本気で支援しないと、ウクライナはロシアに支配される悲惨な運命をたどる。ロシアの矛先がウクライナで留まる保証はない。その時あなた方も後悔することになる」というメッセージが含まれている。