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「いじめを避ける」ための現実的な解を考えてみる/ひろゆき

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週刊SPA!

―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―

「いじめを避ける」ための現実的な解を考えてみる

 人間は集団生活をする生き物なので、集団の中に異物が混入すると排除しようとしてしまう。これは人類が類人猿のころからやっていたことのようなのですね。  日本だと「見た目がほかの子と違うから」と、どうでもいい理由でハーフの子供がいじめられることがあるのですが、人間はなにか違いがあると排除しようとしたり、排除することで仲間意識を強くしたりということをやりがちです。  僕が育った東京の赤羽という地域は、そもそも外国人や障害者がクラスにいるのが当たり前という多様性のある地域だったので、そういった面でのいじめはなかったのですが、多様性のない地域では排除の対象になったりします。  これは人間の習性のようなものなので、どうしようもありません。  それならいじめ問題にどう向き合えばいいのかを考えると、まず、いじめること、人を排除することのコストを高くすればいいのですね。  人間は異物が混入すると排除しようとすると同時に、損をしたり利益を得られなくなるのであれば排除しないように考えるものです。勤務態度の悪い人でも会社にとって利益になるのであれば、利益以上のデメリットでもない限り会社的には退社してほしくないと思います。子供社会だと、例えば、定期的に友達に何かを奢っていたりする子供がいたとして、周囲の子供たちはその子供を排除すると奢ってもらえなくなる、つまり排除することでデメリットが生じるので排除することをしなくなります。  ほかにも、物理的に体が大きかったり力が強かったりすると、排除しようとしても肉体的に返り討ちに遭うので排除されにくかったりします。  となると、全体の損や利益というのを論理的に理解するのがまだ難しい場合は、子供がいじめられないようにするためには、「肉体的に強くなること」と「周囲の人間に好意を持って接すること」なのではないかと思うのです。  例えば、誰かがいじめられているのを止めるのは、善悪で捉えるなら正しい行為ですが、集団から異物を排除しようとしているときに多数派の行動に異を唱えるのは、その人自身が異物であることの証明にもなるので、結果的にいじめのターゲットを自分に変えることにつながります。「いじめを見つけたら止めるべき」というのは、集団の外という安全圏にいる人間が言えることであって、集団の中で誰も守ってくれない状態にいるときは単なるリスクでしかありません。  なので、目の前でいじめが起きたり、自分がいじめられたときに必要なのは、多数派の人がどういう理由でいじめをするに至ったかを理解しようとすることだったりします。  当然ながらその理由に納得する必要はないのですが、いじめをする側がどういう論理で自分たちの中でいじめを正当化しているのかを理解しないといけないのですね。  そして、それに対応するためにはどうしたらいいかを考え、いじめている人たちの論理を理解した上で、いじめをすることのデメリットをきちんと明示し、別の形で問題を解決するという提案をするのが、いじめを止めるためには必要なのです。  でも、そこまでできる人は、大人にもなかなか存在しません。なので、いじめを止めるには、まずは筋トレをしたり格闘技を習ったりして、自分がいじめられないようにするほうが現実的な解なのではないかと思ってしまうのですよ。 ―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]― 【ひろゆき】 西村博之(にしむらひろゆき)’76年、神奈川県生まれ。フランス在住、たまに日本。2ちゃんねる・ニコニコの元管理人で、英語圏最大の掲示板サイト『4chan』現管理人。SPA!誌面にて11年間にわたり「ネット炎上観察記」を連載。近著に『自分は自分、バカはバカ』(SBクリエイティブ)など

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