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寺の本堂を自分で設計「隈研吾ぐらいはできたかも」【牛次郎 流れ流され80年】

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日刊ゲンダイDIGITAL

【牛次郎 流れ流され80年】#47  願行寺の本堂は牛次郎本人が設計している。別棟の自宅もそうだ。とはいえ建築士の資格を持っていないので、書類上は別の人の設計になっている。牛次郎は建築デザイナーとして関わった形だ。 「建物全体の平面図はもちろん、屋根伏図や天井伏図から東西南北の姿図まで、全部で300枚ぐらい書いたんじゃないかな。構造計算は計算屋がやってくれたんだけど、のり面に石垣を造ったり、好きなようにやらせてもらった」  その際、基礎的な知識として知っておくべきことが、自然浸透式の下水ということだった。 「この辺は下水管がなくて、大小便は浄化槽でバクテリアに食べさせてから排水する方式になっている。田舎では珍しくないんだけど、都会の人はまず知らない。それで困るのが、適当なところで配管を埋められちゃうと、土の中でブワーッてなって、水が逃げてくれないってことだ。こうなると、もうどうしようもない。  ちゃんと排水するには、スコリア層って砂地の層に届くまで掘らないとダメなんだよ。よく川の下にはもう1本の川が流れているっていうけど、地下にはそうやって水を流す層があるんだよ。だから、スコリア層までちゃんと掘ったのかって言えるかどうかが大事。これも土を知る百姓には常識なんだよな」  基礎はしっかりクリアした。その上に立つのは牛次郎好みの木造の家屋だ。 「コンクリートにすればどんな形にもできる。線を引けば、その通りに丸でも三角でも作れるんだけど、それじゃあ、つまらないんだよな。やっぱり面白いのは木造だ。木組みの技術を使えば柱だけを取り換えたりすることもできるし、メンテナンスをすれば何年でも使える。木は伸びたり縮んだりするし、呼吸もするから、正倉院みたいに1200年以上も残るんだ。  皮付きのモミジの木なんて磨くといい色が出るからね。『そんなところに、そんな木を使うんじゃねーよ』って大工に怒られても、やめられないんだよな。ただし木は、ちょっと曲げてカーブをつけたりすると、途端に高くなる。それは考えどころだよ」  “デザイナー”として関わったのは、本堂や自宅だけではない。ほかにも数軒建てている。1985(昭和60)年には、東京都建築士事務所協会の優秀賞も受賞した。 「そっちでやれば、いいカネになっただろうし、隈研吾くらいのことはできたんじゃねえかなって思うよ。でも、やらないのが俺なんだよな~」  仕事として引き受けると、途端につまらなくなると感じていたのだろう。好きなところに好きなように建てるのが面白いようだ。 「平らなところに建てることほどつまらないものはないよ。好きなのは崖だよ。坂があるところは土地の値段も安いし、景色もいい。そこに建てるのは、城を建てるのと同じだから面白いんだよ」  建物を研究し、城を研究すれば、戦国大名についても調べるようになる。歴史物も書くようになったのは自然の流れだった。 =敬称略、つづく (取材・文=二口隆光/日刊ゲンダイ)

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