岡倉天心の智慧が日本企業を救う? 今こそ学ぶべき「レジリエンス」の源流とは
適応力と包容力の時代
今日、日本は多様な変化に直面し、旧来の手法が通用しなくなっている。また、災害の激化や国際紛争の長期化など、モビリティ産業にもさまざまな課題への対応が求められている。そんななか、東洋美術研究家であり思想家の岡倉天心(1863~1913年)の哲学は、私たちに新たな指針を与えてくれる。天心の「柔弱」の思想は、強い力に耐え、変化に適応する力「レジリエンス」の重要性を説いている。彼が提唱する高付加価値の自然・文化体験型観光や伝統文化保存の重要性は、コロナ以降の観光産業の変化とも合致する。本連載では、天心の思想から日本とモビリティ産業の未来を探り、変革の道筋を明らかにしていく。 【画像】知ってた? 岡倉天心の「誕生の地」を見る ※ ※ ※ 新型コロナウイルス、米中対立、ウクライナ戦争などの国際紛争は、いずれも物流やサプライチェーンの「レジリエンス」の重要性を、改めて日本企業に認識させることになった。 レジリエンス(resilience)は、ラテン語由来で、 「re(後ろに) + salire(跳ねる)」 が語源とされ、もととも「跳ね返って戻る」というような意味で使われてきた。つまり、大きなダメージを受けても、ゴムのようもとに戻る「復元力」こそが、レジリエンスの核心だ。レジリエンスは、 「外からの力にうまく適応し、再び元に戻れる力」 と理解することもでき、そこには適応力、回復力の意味も含まれている。 レジリエンスはときに強靭性とも訳されるが、危機に対して力で打ち勝つ強さではなく、危機をうまく受け止めながら前進するしなやかな強さが重視される時代が訪れている。 予期せぬ危機に的確に対処するためには、先入観を持たず、虚心坦懐(たんかい)に物事を受け入れる 「包容力」 こそが重要になるのではないか。
老子の思想が支える新たな道
いま世界全体が変動性、不確実性、複雑性、曖昧性を増しており、モビリティ産業を取り巻く環境もその例外ではない。 既存の価値観やビジネスモデルが通用しにくくなっている今、ビジネスモデルや事業の刷新がこれまで以上に求められている。しかし、新しい取り組みや刷新には多くの困難がともなう。その点でも、組織全体のレジリエンスと、社員ひとりひとりのレジリエンスがますます重要になっている。 こうしたなかでいま注目すべき人物が、「復元力」「適応力」を支える東洋思想の価値を再発見した岡倉天心だ。彼は『茶の本』のなかで次のように書いている。 「物の真に肝要なところはただ虚にのみ存すると彼(老子)は主張した。たとえば室の本質は、屋根と壁に囲まれた空虚なところに見いだすことができるのであって、屋根や壁そのものにはない。水さしの役に立つところは水を注ぎ込むことのできる空所にあって、その形状や製品のいかんには存しない。虚はすべてのものを含有するから万能である」(村岡博訳) 老子は、作為がなく、自然のままの常態である 「無為自然(むいしぜん)」 を説いた、中国春秋時代の哲学者である。老子が書いたと伝えられ、今日まで読み継がれてきたのが『老子』(道徳経)である。そして、老子を祖とし、荘子らが継承発展させた思想が老荘思想であり、老荘思想を中核として神仙思想などが融合して成立したのが道教である。