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国家の軽視と新型コロナの軽視は同根!【中野剛志×佐藤健志×適菜 収:第4回】

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危機が発生すると、必ずデマゴーグが出現する。今回、新型コロナウイルスのパンデミックがあぶり出したのは、無責任な極論、似非科学、陰謀論を声高に叫び出す連中の正体だった。彼らの発言は二転三転してきたが、社会に与えた害は大きい。実際、人の命がかかわっているのだ。追及すべきは、わが国の知的土壌の脆弱性である。専門家の中でも意見が分かれる中、われわれはどのように思考すればいいのだろうか。中野剛志×佐藤健志×適菜収が緊急鼎談を行った(第4回) この記事の写真はこちら ■行動制限緩和論は「現実からの逃避」だ 佐藤:行動制限緩和論の台頭は、コロナに対する現実否認を社会規模で行おうとする試みである、そうまとめることができます。 「現実を否認して、都合のいい夢に酔いたい」というのが2010年代以後の日本のテンプレ。でなければ「現実のあり方は、閣議決定や官房長官の答弁で自由に規定できる」と言わんばかりの振る舞いをする政権が、長期にわたって支持されるなどありえない。8月28日、安倍総理が退陣を表明したあと、菅官房長官が次の自民党総裁候補(=総理候補)として急浮上したのも、「安倍退陣という現実を否認する試み」と考えればよく分かります。  そしてこれは、国家否定のもとで国家の衰退に対処しようとしたことの論理的帰結です。わが国の「右傾化」「保守化」と呼ばれるものの正体は、現実否認による逃避の深刻化にすぎなかった。 適菜:おっしゃる通りです。 佐藤:専門家会議の功績は、そのような状況にもかかわらず、現実に直面するよう仕向けたこと。ゆえに会議の存在が注目されている間、コロナ感染は収束する傾向を見せたが、だからこそバッシングを受けた。感染が収束しなければ経済が本当に回ることもない以上、6月以後の政府は「経済優先」に舵を切ったのではなく、「現実否認」ないし「現実逃避」に舵を切ったと言うべきです。  2020年東京オリンピックは、2010年代に達成されるはずだった「日本再生」の総仕上げと目されていました。それにならえば、行動制限(=自粛)反対の高まりは、2010年代を通じて進行してきた現実否認の総仕上げです。適菜さんの『安倍でもわかる』シリーズ(KKベストセラーズ刊)や、私の『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ刊)とも関連する内容ですが、まさに「病んでいるのは、ああいうものを増長させたわれわれの社会」なのです。 適菜:それはよくわかります。自称保守も左翼も、結局は、国家の否定です。 佐藤:国家を否定しながら、国家的危機に立ち向かおうとしているのです。うまく行くことを期待するほうがおかしい。 適菜:それで分裂するか矛盾を抱え込むかどちらかしかなくなる。 佐藤:事態がそこまで来ているときに、なお日本を再生させる道があるとしたら、一体何だろうかという話ですね。  戦後日本はナショナリズムを肯定しなくても、たまたま国として存立を保つことができた。アメリカに従属し、現地妻となって添い遂げていれば、どうにかなったのです。  弊害がなかったとは言いませんよ。新自由主義も台頭したし、グローバル化も進んだ。しかし、国が滅びることはありませんでした。  ところがここに来て、政府がナショナリズムに基づいて積極的に動かないことには対処しえない事態が生じた。あとは二者択一なんですよ。ナショナリズムに目覚めたらどうにかなる。目覚めなかったらどうにもならない。  その意味では、今になって分裂したり、矛盾を抱え込んだりしたわけではありません。過去75年間、ずっとそうだったんです。 中野:確かにこの規模の感染症は経験したことがない。それこそ国家レベルで全国民を行動変容させなきゃいけないっていう意味では、国家について考えてこなかった者には無理でしょうね。 適菜:戦争下と同じですよね。それなのに「国が行動を制限するのはけしからん」みたいなことを言い出す連中が出てくる。 中野:そうです。欧米諸国でもやっていることですが、今回の新型コロナは全国民を行動変容すべく総動員しなければならない。医療物資も統制しなければならない。まさに適菜さんがおっしゃるように戦時下みたいなものです。国家が前面に出て国民を動員しなければ、国民の命が助からないという状況です。それで戦争や国家というものと目を逸らし続けてきた戦後日本に、いよいよやばいものが突きつけられたなと。

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