セブン「伝説のバイヤー」が繋げてくれた、文春と読者の深い絆
文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。2018年、出版業界の流通を変えたコンビニ最大手のセブン-イレブンさんと、元旦発売の限定雑誌をつくりました。異業種コラボは目から鱗の連続です。(元週刊文春編集長、岐阜女子大学副学長 木俣正剛) ● コンビニ最大手と 元旦発売の増刊号をつくる セブン-イレブンをはじめ、コンビニの発達は書籍と雑誌の流通の世界を変えました。 すでに雑誌の60%はコンビニで売れ、書籍の販売も増加の一途をたどっています。その中でも雑誌販売、そしてオリジナル書籍やコンテンツの販売に熱心だったのがセブン-イレブンでした。 私が文春に在籍した最後の年である2018年、セブン-イレブン限定で元旦に発売する週刊文春の増刊号をつくりました。セブンさんは、「書店に本がない時期にコンビニに新商品を」というのが口癖です。 しかし編集部の暮れは多忙で、とても増刊など頼めません。他の部署を見渡しても、この時期ヒマな人などいないのです。 しかし、(1)過去コンテンツを使って、紙が好きな読者に週刊文春の面白さを楽しんでほしい、(2)それも新製品が届かない正月元旦に、セブン-イレブン限定で雑誌があれば、読者には喜んでいただけるはず、という私とセブンさんの信念は変わらなかったので、もう常務という立場になっていたのに、自分1人で(もちろんフリーの人にお手伝いをいただきましたが)1冊つくることにしました。 普段、つくったことがない企画は手間がかかります。第一に、雑誌の新製品が元旦に届かないのは、書店だけでなく流通も休んでいるから。第二に、セブン-イレブンでしか売れないということは、部数が刷れないので宣伝費用をかけることができないこと。
いろいろな難問を一緒に全力で解決してくれるのが、セブン伝説のバイヤー、書籍担当の伊藤敦子さんです。伊藤さんと出会って、「本を商品として、しっかり考える」見方が身につきました。 伊藤さんのすごいところは、感性で物を言わずにデータで語ることです。 「コンビニで雑誌じゃなくて単行本を買う読者って、どんな人かわかりますか?」 「コンビニでは夜8時以降に本が売れます。一緒に買っていただくもののナンバー1は、500ミリリットルの缶ビールです」 考えるのはこちらであって、伊藤さんから「こんな本を」というアイデアの押しつけはありません。 8時だから仕事に疲れている。しかも、500ミリリットルの缶ビールを買うのだから、チビチビ飲みながら眠りたいのだろう。しかし、ベロベロに酔いたいわけじゃない。コミックを読んで暇つぶしをしたいわけでもない。読みやすく、しかし翌日の朝礼やビジネストークに使える、字が大きくて、行間や字間も空いたビジネス名言集のようなもの?そういう向上心の強いサラリーマンが読者では?そんな議論をしながら考えます。 ● 新潮でも現代でもない 意外な文春のライバル 40年間、雑誌や本をつくってきて、読者がどんなものを食べたり飲んだりしながら、本を買うのか考えたことがなかったことは、本当に反省点でした。ちなみに伊藤さんの薫陶のお陰で出来上がったのが、文春新書の大ヒット、樹木希林さんの『一切なりゆき』です。 編集者の石橋俊澄君は、『一切なりゆき』を出す前に、何度もセブンだけで売る名言本をつくりました。字を大きく、行間を広く、写真を多くというノウハウを得た上で、あの本にチャレンジしたのです。もちろん、まずは樹木家の理解をすぐに得たことが石橋君のお手柄ですが、伊藤さんがそのバックグラウンドを教えてくれたと思います。