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世界を動かすのは愛やお金ではなく、「流れ」と「デザイン」である?

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本がすき。

『流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則』紀伊国屋書店 エイドリアン・べジャン J・ペタ―・ゼイン/著 先に書いておこう。僕は本書の内容を完全に理解しているわけではない。 それでも本書で扱われている「コンストラクタル法則」について書きたい、と考えたのは、この法則が、通常の科学法則とは違う特異な可能性を持っている、と感じているからだ。 今「可能性」と書いたが、それは、恐らくこの「コンストラクタル法則」は、科学界でまだその正しさが承認されていないだろうものだと思うからだ。相対性理論や量子論などは、多くの科学者が検討し、また実験などで検証することで、理論として成熟し、現在では正しいと考えられているだけではなく、どちらの理論も実用面で大いに役に立っている。 しかしこの「コンストラクタル法則」は、恐らくまだそこまで議論が深められていないだろうし、実験によって検証するということもあまり行われていないように感じる。しかしそれでも、「汎用性」と「予測性」に優れているという意味で、この法則は非常に興味深いものであると感じられる。 「コンストラクタル法則」の「汎用性」は、他の科学理論と比較にならないぐらい凄い。通常、物理や科学の理論などは、ある分野の現象を説明するためのものだ。相対性理論は天体など大きな物体の運動を、量子論は原子などの小さな物体の運動を記述する、というようにである。 しかし「コンストラクタル法則」は、自然全般だけではなく、人工物や、あるいは「教育の偏り」などと言ったものにも当てはめることが出来る。 「予測性」という意味でも非常に面白い。もちろん、科学理論は基本的に何らかの予測をし、その正しさが認められることで受け入れられるわけだが、「コンストラクタル法則」の予測性は、通常の科学理論が予測不可能な領域に及ぶ。 例えば本書では、「コンストラクタル法則」によって、北京オリンピックでウサイン・ボルトが金メダルを取ることを予測した、と書かれている。そんな予測が出来る科学理論などかつて存在しなかった、という意味でも非常に興味深いものだ。 さて、「コンストラクタル法則」の中身について移ろうと思うが、非常に大雑把に言うとすれば、本書のタイトルが参考になる。本書のタイトルは「流れとかたち」であるが、「コンストラクタル法則」は、「地球上に存在するモノやシステム」を「有限大の流動系(流れ)」と捉え、「効率の良い流れ方ができる『かたち』」に物事は進化してきた、と主張するのだ。 まず例を出してみよう。本書で一番インパクトのある例は「樹木」だろう。本書では「樹木」をストローのように捉えている。つまり「樹木」というのは、「湿気の少ない空気が大地から水分を吸い取るためのストローだ」と言うのだ。 「流れ」と「かたち」の話で捉えれば、「樹木」というのは、「樹木」の中を通る水が効率よく「流れる」ような「かたち」に進化した、ということだ。 「コンストラクタル法則」の面白い点は、この法則によって「何故地球上に樹木が存在するのか」を説明できてしまうことだ。これまでの植物学の説明では、「樹木がどのように存在しているのか」を説明することは出来たかもしれないが、「何故樹木が生まれたのか」を説明することは不可能だった。 しかし「コンストラクタル法則」は、「大地から空気へと水分を送り出す装置」として「樹木」を捉える。これは「樹木」に限らない。 『河川も稲妻も樹木も動物も、自らの中や自らに沿って流動する流れを処理するために現れるデザインだ。それらは自らのために存在するのではなく、地球規模の流動のために存在している』 つまり著者は、「地球上に存在するあらゆるものは、地球規模の流動を効率よくするために存在している」と主張するのだ。これは非常に斬新な捉え方ではないだろうか。 さて、もう少し具体的に「コンストラクタル法則」について書いてみよう。あくまでも、本書を読んだ僕がこの法則をどう理解したのか、という話になるが、大雑把には捉えられているのではないかと思う。 まず、地球上に存在するものを「流動系」と捉えてみる。その時に考えなければならないのは、「流れるものは何か」ということだ。 例えば、河川であれば「水」、血管であれば「血」となる。そしてその「流れるもの」が「流動系」をどのように通り抜けるのかを考えた時、「有効エネルギーの単位当たりで移動できる距離がなるべく大きくなる方法」が最も効率が良いということになるだろう。 もう少し簡単な言葉で書けば、「少ないエネルギーで長い距離移動できる方法」ということだ。そして、これこそが「コンストラクタル法則」の真髄だが、その効率の良い流れ方は、「高速での遠距離の移動にかかる時間と低速での近距離の移動にかかる時間をほぼ等しくすべき」という原理に支配されている、と著者は主張するのだ。つまり、その原理を実現できる「かたち」に自然はデザインされていく、ということである。 本書ではこの「コンストラクタル法則」を使って、様々な分析をする。例えば非常に面白かったのが、「なぜ、短距離走は黒人が強いのに、水泳は白人が強いのか」という問いに答える部分だ。詳細には触れないが、非常に納得感のある理屈が展開される。 また本書では、「何故人間は黄金比を美しいと感じるのか」「人間の定住地はどう変化したか」「モノの流通はどのように発達して行ったのか」などについても、「コンストラクタル法則」を使って理由を導き出そうとする。先程も触れたが、普通の科学理論が狭い領域に当てはまるものであるのに対して、この「コンストラクタル法則」は、科学の分野を飛び越えてあらゆる領域において適応される可能性を持つ、非常に包括的な理論である。 著者は元々、熱工学の世界的権威であり、熱工学分野のノーベル賞を呼ばれている二つの賞を受賞している(この二つを共に受賞している研究者はとても少ないようだ)、世界的に知られた研究者である。だからと言って「コンストラクタル法則」が正しいなどとは言えないが、正しい可能性は高いと期待したくなる。 本書の日本版が出版されたのが2013年であり、その後この「コンストラクタル法則」が科学界でどのような位置を占めているのかは知らないが、個人的にはこの法則の正しさが認められるといいなと思っている。

長江貴士

元書店員 1983年静岡県生まれ。大学中退後、10年近く神奈川の書店でフリーターとして過ごし、2015年さわや書店入社。2016年、文庫本(清水潔『殺人犯はそこにいる』)の表紙をオリジナルのカバーで覆って販売した「文庫X」を企画。2017年、初の著書『書店員X「常識」に殺されない生き方』を出版。2019年、さわや書店を退社。現在、出版取次勤務。 「本がすき。」のサイトで、「非属の才能」の全文無料公開に関わらせていただきました。

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