【コラム】第10回「運命に翻ろうされ続けたサインツの半生を振り返る」|F1解説者ムッシュ柴田のピットイン
サインツがついにイギリスGPで初PPからの初優勝を達成
カルロス・サインツがF1デビュー151戦目にして初ポールポジションを獲得、その勢いを駆って初優勝(※決勝は出走150戦目)も手にしました。 予選ではPP大本命だったマックス・フェルスタッペンがシャルル・ルクレールのスピンでアタックを阻まれたり、レースでも首位ルクレールが不可解な戦略の犠牲になったり、フェルスタッペンが車体にダメージを受けたりと、多くの幸運にも助けられました。 とはいえ、そんな運を引っ張ってきたのも実力のうち。サインツ自身、これまで何度も不運に泣いてきたわけで、堂々たる初優勝と言っていいと思います。
サインツは父カルロス・シニアがラリーWRCの世界チャンピオン(1990年、1992年)という血筋で、本人も早くから才能を発揮してきました。 しかし、決してすんなりF1に来れたわけではありません。いわば運命に翻ろうされまくる、ドライバー人生を送ってきたといえるでしょう。 そもそもF1への昇格自体、二転三転でした。トロロッソ(現アルファタウリ)からのデビューがほぼ決まっていた2014年末、直前までレッドブルドライバーでも何でもなかったマックス・フェルスタッペンがいきなり横から入ってきて、話はいったん消滅してしまいます。
するとセバスチャン・ベッテルが突然レッドブルを離脱し、トロロッソのクビアトが昇格。これでシートが一つ空き、フェルスタッペン、サインツの新人コンビが2015年に誕生したのでした。 その後のサインツはトロロッソで実績を積み、本人もレッドブルグループから離れるつもりはありませんでした。 ところがトロロッソがルノーからホンダにエンジン変更を決めたことで、その交渉の一環として2018年からルノーにレンタル移籍させられます(※当初は2018年シーズンからの予定だったが、ジョリオン・パーマーのルノー離脱により、2017年第17戦アメリカGPよりルノー加入が前倒しとなった)。