週刊・新聞レビュー(12・31)「報道の責任を厳しく問われた1年」 徳山喜雄(新聞記者)
メディアの亀裂がいっそう深まった
2014年は安全保障政策をめぐって国のかたちをも変える大きな転換がみられた。そして、それを報じる新聞報道も二極化し、そのあり方が厳しく問われる1年となった。 安倍晋三首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」は5月15日、集団的自衛権の行使容認に向けた報告書を提出した。首相はその後の記者会見で、自民、公明両党で協議し閣議決定をすると明言した。 しかし、歴代内閣は集団的自衛権の行使を認めるには憲法改正の手段をとる必要があるとしてきた。戦後の安保政策の大転換を一内閣の判断でおこなうことは、憲法が権力を縛る『立憲主義』の否定につながるとの批判が根強くあった。 このことを報じた5月16日朝刊をみてみよう。 行使容認に賛成する社説を書いたのは、読売と産経新聞だ。産経は「行使容認なくして国民守れぬ」と諸手を挙げて賛成した。日経新聞も基本的には賛成の立場だが、「憲法解釈の変更へ丁寧な説明を」と注文をつけた。 一方、反対する社説を載せたのが、朝日、毎日、東京新聞だ。毎日は「根拠なき憲法の破壊だ」と強いトーンで疑義をただしている。 一般紙の議論がくっきりと二分化していることがわかる。そしてこの二極化の図式は、そのまま原発・エネルギー政策にもあてはまる。 集団的自衛権の行使容認は7月1日に閣議決定された。原発政策に目を向けると、鹿児島県の伊藤祐一郎知事は11月7日に九州電力川内原発1、2号機の再稼働に同意、年明け以降に再稼働する見通しになった。 国の根幹にかかわる主要政策をめぐって新聞報道は分断化し、双方が一方的に主張し耳を貸そうとしなかった。複雑化した社会を賛成か反対、黒か白の二元論で語ることはもはや限界に達しているにもかかわらず、いっそう亀裂を深めたのがこの1年だった。
朝日問題の背景にある新聞報道の二極化
2014年の新聞報道を語るうえで、一連の朝日新聞問題を避けて通ることはできないであろう。 朝日は自らの慰安婦報道を検証し、8月5日、6日朝刊に特集記事を掲載、朝鮮人女性を強制連行して慰安婦にしたとする吉田清治氏(故人)の証言にもとづく記事16本(のちに18本)を取り消した。 吉田証言の初出は1982年9月2日朝刊(大阪本社版)で掲載から32年ぶりの訂正になった。しかし、謝罪していないなどと保守系メディアからの激しいバッシングがあり、一部の極端なメディアは「売国奴」「国賊」という言葉まで使って攻撃した。 このようななか、謝罪しないのはおかしいとするジャーナリストの池上彰さんによる朝日新聞の連載コラム「新聞ななめ読み」の掲載見合わせ問題が浮上、「言論を封殺した」として大問題に。最終的には池上氏や読者に謝罪し、該当コラムを掲載することになった。 これに加えて、東京電力福島第一原発事故にかんする政府による吉田昌郎所長(故人)への「聴取結果書」(吉田調書)をめぐる朝日の記事も9月11日の社長会見で取り消された。くだんの記事は5月20日朝刊に掲載、「所員の9割が所長命令に違反して撤退した」とするものだった。 この一連の問題の背景には、新聞報道の二極化があり、慰安婦問題をめぐる保守系と革新系メディアの対立が長くあった。吉田調書問題のきかっけとなった福島原発事故をめぐる原発報道についても二極化している。 双方の深刻な対立のなか、マグマが噴出したかのような状況になったといえる。 かつて慰安婦報道に携わった元朝日記者が教授を務める大阪府内の大学と、別の元記者が非常勤講師をする札幌市内の大学に、それぞれ退職を要求する脅迫文が届いた。学生を人質にとるかのような文面をみた教授は即刻退職した。 溝を深める在京紙もさすがにこのときばかりは、「大学への脅迫」に対して「暴力は許されない」とする社説を相次いで掲載することになった。 「創業以来の最大の危機」(経営幹部)に直面した朝日は、1月5日に「信頼回復と再生のための行動計画」を公表する。(2014年12月31日) ※この批評は東京本社発行の最終版をもとにしています。 ---------- 徳山喜雄(とくやま・よしお) 新聞記者。近著に『安倍官邸と報道―「二極化する報道」の危機』(集英社新書)。