臓器横断的ながん薬物療法で“治療難民”を防ぐ―日本臨床腫瘍学会の取り組み
新しい薬剤の登場や技術の進歩により、がんの薬物療法は多様化・高度化している。これから特に重要になるのは、特定の臓器だけでなく幅広い領域のがん薬物療法に精通した腫瘍内科医だ。2024年2月に二度目の日本臨床腫瘍学会理事長に就任(前回は2017~2019年)した南博信先生(神戸大学医学部附属病院 腫瘍・血液内科教授)は、臓器横断的ながん診療や、がん薬物療法の専門的なトレーニングの重要性を強調する。日本臨床腫瘍学会がこれまでに行ってきた取り組みや今後の展望について、南理事長に聞いた。
◇より専門的ながん薬物療法を目指して発足
日本臨床腫瘍学会は、がん薬物療法専門医の育成・認定に取り組んでいます。 なぜがん薬物療法専門医の育成が重要なのでしょうか。その背景を、当学会の歴史とともにお話しします。当学会は、1993年に日本癌治療学会に所属していた呼吸器内科医数人が中心となり、がんの薬物療法を専門的に扱う「日本臨床腫瘍研究会」として発足しました。当時がん治療の中心は手術で、薬物療法の比重は現在よりも低かったのです。すでに、がんの臨床を主領域とする日本癌治療学会がありましたが、こちらは外科系の医師が中心でした。 薬効を評価するための臨床試験を適切に行うことを目的とした教育活動のために、研究会を立ち上げたのがそもそもの発端でした。学会となった現在も、メディカル・オンコロジー(腫瘍内科学・臨床腫瘍学)の確立や臨床研究・臨床試験の推進を理念としています。 設立当時から薬物治療の専門家を育てる必要性を皆が感じており、その頃まだ駆け出しの若手だった私も、がん薬物療法専門医の制度設計から携わりました。制度設計に協力してくれた学会の重鎮の先生からの「俺が通らないようなしっかりした専門医制度にしよう」という言葉をよく覚えています。 この専門医制度には、私がアメリカ留学で学んだ考えがコンセプトとして盛り込まれています。当時の日本では臓器別の診療科で特定のがん種のみを治療するがん薬物治療が主流でしたが、アメリカの腫瘍内科医はさまざまながんに対する内科治療のトレーニングを積んだ後に専門性を持っていました。幅広いがん種の治療経験がある医師ならば、多臓器へのがんの転移や原発不明がんなどにも適切に対応でき、“がん難民”の発生を防ぐことができます。こうした考えから、がん薬物療法専門医にはさまざまながん種の診療経験が必要な制度としました。特定のがんしか診療していない医師からは試験が難しいという意見もありましたが、さまざまながんの患者さんを診療している医師であれば問題なく合格できる試験です。 ある程度の職位以上の先生方には、若手の医師ががん薬物療法専門医を取得できるようなトレーニング体制づくりに注力してほしいと思います。