パリの三ツ星シェフ小林圭の挑戦「三ツ星よりもっと先へ。」
パリの三ツ星『Restaurant KEI』の小林圭シェフが監修する2軒の店が’24年4月、東京・銀座で幕を開けた。一貫して「店を増やしたいわけではない」と話す小林が、出店の先に見据えるものとは何か。躍進の原動力、未来へのヴィジョンについて話を聞いた。 50代の胸が熱くなる「素敵なあの人」特別インタビュー
フランスのバカンスを利用し、東京出店準備の来日を重ねた小林。ハードな生活の中で揺るがぬ平常心を保つ人の強く美しいオーラがある。『ESPRIT C.KEI GINZA』のオープンキッチンで。
「オマールブルー海老フライ ソースグリビッシュ キャビア」。写真は¥23,000。ハーフ¥12,000もオーダー可。
「アメーラトマトのサラダ アーモンドミルクとバジル」¥1,900。
パリのデセールのスペシャリテを踏襲した「ヴァシュラン エキゾチック」¥1,800。バジルの香りがさわやか。
「すべてのお客さまに、これまで生きてきた中で一番の時間、体験だった、と思っていただきたい。一回一回のサービスに、その思いで臨んでいます」
「最中 キャビア 毛蟹 グリビッシュ」¥6,500。北海道産毛蟹をロゴ入りの最中にはさみ、キャビアを添えて。
フランス料理を超えて“KEI”ブランドを築く
アジア人初、フランス版ミシュランガイド三ツ星獲得の快挙から4年、シェフ・小林圭の新章が東京を舞台に動きはじめている。いや、“快挙”などといったら、即、言葉を正されるだろう。「三ツ星は通過点。スタッフにも常々、“星は前年の評価”だと話しています。一度リセットして、またゼロから、一気に次の三ツ星まで駆け上がろう、と」 ストイックな求道者。常に上を、次を目ざす小林はしばしばそう評される。が、話を聞けば思う。誰よりも純粋なのだと。 「ストイックではなく負けず嫌いですね。料理だけは誰にも負けたくないという気持ちでやっている。師匠のアラン・デュカスにさえ。今、同じパリという土俵に立っているわけですから。知名度や実績では彼に勝ち目はない、だから自分たちはチーム戦でいこうよ、というのがパリの『Restaurant KEI』です」 三ツ星のレストランは「これまでの人生で一番と思っていただける時間、体験を提供しなくては」という。 「例えばすばらしい音楽は、音だけで、聴覚だけで人の心を揺さぶるじゃないですか。レストランは、シェフは、五感すべてを刺激できる稀け有うな場であり職業だと思うんです。だからこそ、お客さま全員の“人生で一番”を目ざしたい」 今まで行ったレストランの中で、ではなく「人生で一番」。ふわりとしたイメージではない。必要な要素を細部まで検証してそろえ、一回ごとのサービスに全身全霊を懸ける。その積み重ねの先に今が、5年間連続の三ツ星がある。「通過点」といいながら、その重みを誰より強く受け止めていることも明確だ。 「フランスで、フランス料理をやってきたからこそ、今の自分がある。パリの店に来てくださったお客さまに喜んでいただくのは絶対。しかしそれだけでは、もう“十分とはいえない”のです」 日本で、自身の名を冠した店を立ち上げたねらいもそこにある。いわく「ブランドの構築」だ。 「例えばエルメス。プレタポルテに、フレグランスからジュエリーまで10を超える部門があり、アーティスティック・ディレクターの総指揮のもと、シーズンごとのテーマを表現することで、エルメス全体としての今の世界観を表現する。それを何年も続けることで、普遍的な価値を示している」 創業1837年、「現代のアルチザン」を掲げるメゾンの名をあげて説明する。『ESPRIT C. KEI GINZA』と『ST LOUIS BAR by KEI』は、御殿場『MaisonKEI』同様、室町時代創業の和菓子の老舗『とらや』との協業で実現した。『Saint-Louis』もまた、16世紀から続くフランス最古のクリスタルメゾンだ。洋の東西を超えた“ものづくり”や“継承”への敬意が表れている。 「料理は素材ありき」と、多くの料理人がいうが、小林が素材を語る言葉は、またユニークで明解だ。 「どんなロックスターも、ふだん着で通りを歩いていたら普通の人。でも絶対的な何かをもっている。音響や照明、演出を整え、衣装を着せて、舞台の上で一番輝かせるのが、“最高の素材”という命を預かる我々の仕事です」 『ESPRIT C. KEI GINZA』はKEIブランドの中で「美食の研究所」という部門を担う。メニュー作成は、スタッフとの食材図鑑づくりから始まった。 「宇宙の中に地球があり、地球には海と陸地がある。7対3で。そこから何が得られるか。どんなアプローチなら間違いなく最高にできるのか。最高ならば必ずしもフランス料理でなくていい。むしろフランス料理を超えていこうと」 そのプロセスの中にこそ「命を預かり、料理に昇華させる」意味や価値があり、皿の上の表現に結実するというのが小林の考えだ。「料理哲学」という聞こえのいい言葉がレストランレビューにあふれるが、果たして真剣に「哲学している」料理人がどれほどいるのか、書き手として襟を正される思いだ。 冒頭、三ツ星についての話では、次のようなことも話していた。「太陽はいやでも浴びてしまう。でも星は探さないと見えない。いろんな意味でミシュランの本質をよく表しているなと」 光は放たれたのだ。初めて三ツ星を獲得した4年前に、パリから。光は幾重にも広がり、今の日本を照らしはじめている。