【独占インタビュー】三谷幸喜が再び挑む“恩師”ニール・サイモンの傑作コメディ『23階の笑い』
個性豊かな登場人物たちは「水族館の魚を見るように」楽しんでもらえたら
●個性豊かな登場人物たちは「水族館の魚を見るように」楽しんでもらえたら もちろんニール・サイモンの作品をムチャクチャにはしたくないから、きちんと戯曲どおりですよ。でも、ちょっとぶっ飛んでいる登場人物たちばかりで、なかなか感情移入して観るのは難しいだろうなと最初は感じました。ではお客さんは何を観たらよいのか? と考えた時に、僕自身が主人公のルーカスと同じように新人作家として、ベテランの放送作家の人たちに混ざってバラエティ番組とかを作っていた時期があったので、そこにすごく重なる部分があると思ったんです。とにかくここに出てくるマックス・プリンスという人気コメディアンを筆頭に、この不思議な人たちの生態をきちんと描き出そうと。ヘンな例えですけど水族館で魚を見るような感じで、彼らの生き様を2時間飽きずに、お客さんに観てもらおう。あ、この人たちは本当に生きているんだな! といった匂いや空気感を、きちんと作るべきだと思ったんです。 ●配信ドラマを手がけて感じた今のテレビドラマ界の限界 僕、このあいだ配信のドラマ(編集部注;「Amazon Prime Video」にて配信中の香取慎吾主演『誰かが、見ている』)をやったんですが、そのときに、常に時間に追われて制作されている地上波のテレビドラマは、もしかしたら、もう限界に近づいているんじゃないかなと感じることがありました。でも僕はテレビが大好きだから、もしいつか終わりが来るのであれば、それをきちんと見届けなければいけないという思いをもったんです。それと同じ空気を、このマックス・プリンスたちの物語に感じるんですね。華やかで勢いのあった50年代のテレビ界の中で、取り残されていった人たちの物語――ならば、その人たちの滅び方というか、踏ん張り方をちゃんと見せることが、今この『23階の笑い』をやる意味だという気がするんです。僕が経験した1980年代の、テレビが元気だった頃の空気感をうまくこの作品の世界観に重ねて、それをお客さんに楽しんでもらうことが一番の見せ方なのかな……と感じて今、作っています。 ●「瀬戸康史さんを“休ませない”のがテーマ」――多彩な面々が揃ったキャスト陣 ーーキャストは、三谷作品におなじみの方もいれば、初参加の方も。この物語の登場人物と同様に個性の強い、華やかな顔ぶれです。 そうですね、とても力のある俳優さんたちが集まってくださいました。理想は、「この人たち、覚えた台詞を言っているんじゃなく、今思いついた言葉でやりとりしているのでは?」と見えるくらいにしたいんですよね。今回はそれが出来る俳優さんたちですし、おそらくその域までたどり着くような気がします。ニール・サイモンの舞台を観ると、普通だったらあんなにしゃべる人たちはいないし、あんなに洒落た台詞を言い合う夫婦なんてありえない……と思うことがあります。それをどれだけリアルな空間に落とし込めるか――、この挑戦は面白いですね。 ーー魅力の出演陣から、三谷さんの舞台に初参加となる瀬戸康史さん、吉原光夫さん、鈴木浩介さん、山崎一さんについて、稽古場での印象などをお願いします。 瀬戸さんが演じるルーカスは、ほかの人たちが会話している場にいて何もしない時間が長いんです。なので一瞬たりとも気が抜けないように、皆に目配りしてコーヒーを入れたり、何かを片付けたり、相槌を打ったりとか、台詞以上に覚えなきゃいけないことが山ほどあるようにしたい。瀬戸さんを休ませないのがテーマですね。 吉原さんは、ちょっと強面で怖いじゃないですか。で、「自分はコメディをやったことがないので」って堂々と仰るので、どうしていいかわからない(笑)。でも(吉原と同じく劇団四季に所属していた)栗原英雄さんとかいろんなところから「吉原をよろしくお願いします」とメールが来て、多くの人に可愛がられているんだな、というのはわかりました。でもまだ怖いです(笑)。 鈴木さんは同じ事務所ですが、実は一度も会ったことがなかった。お会いする機会がなかったんですね。すごく何でも器用にこなしちゃう人かな~と思っていたら、意外にそうではない、ということがなんとなくわかってきた(笑)。ただ、あの品のある佇まいは得難い。僕のオリジナル作品にも出て欲しい人です。 山崎さんは、まあ、控えめに言って最高です。あの清潔感と存在感は得難い。面白い役者さんです。ヴァルというロシア移民の役で、ロシア語訛りの英語を話す、と戯曲には書かれているんです。それで、あえて翻訳調の“主語述語をハッキリ、きちんと言う人”にしたんですけど、もう、山崎さん、完璧です。歩く姿が三木のり平さんに似ているんです! ●面白い台詞とそのやり取りを存分に笑って楽しんでもらいたい ーー中心人物であるコメディアン、マックス・プリンスを演じる小手伸也さんは『子供の事情』(2017年)に続いての三谷作品への登場ですね。 マックス・プリンスという人を誰にやってもらうかで、このお芝居は決まってくるわけです。小手さんはご自分でもホンを書かれたり、演出もされる方で、僕が思っていた以上に知的な人でした。あの体型なので、もっとノホホンとしたのんきな人なのかな? とイメージしていたんですが、ご本人は全然そうじゃない真逆のタイプでした。劇団をやっているだけあってリーダーシップもあって、皆の上に立つカリスマ性を持っている感じもある。それで今回マックスを誰にするかという時に、思い切って「小手さんは?」と提案しました。ご本人はビックリしていると思いますよ。 このマックス・プリンスのモデルになっているのはシド・シーザーというコメディアンです。お笑いの人って、人前で演じている時と普段がまったく違って、オンオフの切り替えがものすごくはっきりしている人が多いんだけど、この物語はマックスのオフィスで展開するので、彼が表に立っているところは観客にはいっさいわからないんです。だから、「テレビに出ている時の感じをそのまま引きずっているマックスにしよう」と小手さんと話しました。「いるだけで面白い。一挙手一投足がコメディアンのそれになっているふうに作りたい」とお願いしたら、小手さん、頑張ってくれてます。彼は体の動きがすばらしい。足をぶつけて痛がっている様子とか、それだけでチャーミング。僕のマックス・プリンスがここにいる、という感じです。 ーーいろいろ想像するだけで笑いが込み上げてきます。本番が楽しみです。 『23階の笑い』はポピュラーではありませんが、ニール・サイモンの代表作に匹敵するくらい面白いものだと、皆さんに再認識していただけたら嬉しいです。とにかく皆おしゃべりで洒落ていて、ある種のファンタジーとして観ていただけるのではないかと思います。不思議な登場人物たちのやりとりを十分に味わえるよう僕なりに工夫しましたので、たくさん笑って、楽しんでいただけたらと思います。 取材・文:上野紀子 撮影:源賀津己