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レイザーラモンRG「〈ハッタリ〉が僕の最大の武器。あらゆる仕事を渡り歩いたRG流・処世術」

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婦人公論.jp

歌の最後に「~しがち♪」と独特なフレーズを発する「あるあるネタ」が人気のレイザーラモンRGさん。長い下積み時代、相方・HGさんのブレイク、そして思いもよらぬ世間からの非難──。仕事で壁にぶつかったとき、どのように乗り越えてきたのでしょうか(構成=福永妙子 撮影=本社写真部) 【写真】≪職場の“あるある”、歌います≫ * * * * * * * ◆自分の職場を友だちに自慢したい 芸人になって23年経ちます。どん底も経験したけれど、群雄割拠、厳しいお笑いの世界で今日まで生き残っていられるのは、本当に幸せなことだと思っています。 大学時代、学生プロレスとお笑いにハマった僕は、その学生プロレスで知り合った住谷正樹(のちのレイザーラモンHG)とコンビを組み、お笑いを始めました。といっても、大学卒業後はカーディーラーに就職。営業マンとして働きながら、土日だけ劇場に出る生活を送っていました。 でも、土日も会社のソフトボールの練習だとかイベントがちょこちょこあるんです。そこに参加しない僕を、先輩たちは快く思っていなかったんでしょうね。明らかに冷たく接してくる人もいました。居心地はあまりよくなかったですね。 そのうち平日にもお笑いの仕事が入るようになって会社と両立できなくなり、結局、退社することに決めたのです。上司には「親が体調を崩しましたので」とウソをついたのですが、「本当のことを言えよ」と。……ああ、勘づかれてる。 思えば、髪はボサボサ、スーツ姿もだらしない。そんなところからも、僕が中途半端な気持ちで会社に来ていることは上司にはお見通しだったのでしょう。「“これ”と決めたことは続けろよ」と励ましてくれた言葉が身にしみました。 そうして本格的にお笑いの道に進んだものの、すぐに売れるわけじゃない。食べていくために、アルバイトを始めました。日中は午後5時までホテルでベッドメイキングの仕事。そのあと午後6時から午前3時まで繁華街の花屋で働きました。 どちらもいい職場でしたよ。ホテルのベッドメイキングは、50~60代の女性の先輩3人が「あなたは何号室に行って」と仕切っているのですが、戦艦の司令官のようにテキパキと指示を出し、まさにプロフェッショナル。「よし、みんなで力を合わせよう」というチーム感、そして厳しいけど温情もある。 有名人も泊まりに来ていて、挨拶をしたら「おはようございます」と返してくれるのが嬉しかったり、常連のお客さんと顔見知りになったり。ときにはエッチな声も部屋から聞こえてくるし(笑)、楽しかったですね。 花屋は、オーナー夫婦と娘さん、手伝いの人が働いていて。忙しいときは大変でしたけど、優しい人が多かったし、やっぱりいい職場でした。唯一イヤだったのは酔っ払いのお客さん。僕が休憩中に店の外でコンビニ弁当を食べていたら、おじさんたちが、「マズそうなもん、よく食ってんな」と絡んでくる。そういう人は、まあ花は買わないですね。

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