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「“毒イチゴ農家”ってネットに書かれたことも…」“イチエフ”の町・大熊で生きることを決めた人たち

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ABEMA TIMES

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 去年6月、新しい役場の近くには災害公営住宅も完成。帰還困難区域に家がある人も町に住めるようになった。しかし避難指示の解除から10カ月が経っても町民は153人と、全体の1%あまりにとどまっていた。営業している商店も、日用品などを販売する2つの仮設店舗とコンビニのみ。利用者が少ないため、平日でも午後6時までにはすべての店舗が閉まる。医療機関や商業施設の整備はこれからだ。  町で暮らす住民のうち、半分以上が高齢者で、若い世代が戻っていない。町役場で働く佐藤由香さん(29)は、役場が新庁舎で業務を始めたのと同時に大川原地区に一人で引っ越してきた。

 小学校の卒業アルバムの将来の夢を書く欄には「役場の人」と記していた佐藤さん。夢だった役場職員になることが実現したが、入庁1カ月前には東日本大震災と原発事故が起きた。数々の苦労を重ねながらも、一度も町を離れたいと思わなかったのは、生まれ育った大熊町が大好きだからだ。「住み慣れた町に帰ってこられたということですごく喜びは感じていますし、やはり生活に不便な部分はどうしてもあるんですけれども、それに代えられない喜びを感じられる場所ですね」  役場職員のうち、町で暮らしているのは1割ほどだ。佐藤さんの家族も、避難したまま町には戻っていない。「大熊町って住むところあるの?とか、本当に住んで大丈夫なの?っていう心配はされました。引っ越してくるとき、多少の不安はあったんですけれども、全然皆さんが思っているような不安な点って、住んでみると感じないんですよね。どこにでもある生活が大川原でも送れている。でも、夜はやっぱり暗いので、仕事が終わって、家に帰ってからどこかに行くってことができない。星空は凄くきれいに見えるのでそれはいいかなって思います」。  食料品は、週末に他の町に出かけてまとめて買わなければならない。「土日に作り置きしたり。食べに行くところがないので、自炊は必ずしないといけないですね」。

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