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「褒めて育てる」時代、育つ・育たないを決めるのは何? 19歳新人の涙に思う

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西日本スポーツ

 東京五輪ソフトボール女子日本代表の宇津木麗華監督は、北京五輪以来となる金メダル獲得の期待を担う中で令和を迎えた。 【写真】宇津木監督 大物タレントとの秘蔵ショット  生まれ故郷の中国から昭和に来日。選手や指導者として平成を駆けた。一度は五輪から除外された期間の苦しさを知るからこそ、選手には日本代表として五輪で戦う意味や価値を問い続ける。「競技人生の集大成」と言い切る東京五輪への道のり。その思いを語った。    ◇   ◇   ◇  群馬・高崎市ソフトボール場で13日にあった日本リーグ女子の試合でのことだ。ミーティングを兼ねて代表スタッフと視察していた私は、ある高卒新人のプレーに目を奪われた。ビックカメラ高崎が太陽誘電との強豪対決を4-3で制した一戦。決勝点をもたらした片岡美結(みゆ)=佐賀女子高出身=の走塁だった。  上野由岐子と藤田倭の両代表右腕の投げ合い。片岡は七回、二塁打を放った選手の代走で出場した。1死三塁から次打者が投ゴロを放つと、三走の片岡はフィールディングにもたけた投手の藤田が一塁へ送球するやいなや、本塁を突いた。捕手の動きを観察し、回り込んで左手でベースをタッチ。ルーキーらしからぬ冷静さは素晴らしく、私も驚かされた。おそらくエンドランで本塁突入は状況次第だったはず。走塁は個々の判断によるところが大きい。なかなか教えてできることではない。普段からさまざまな場面を想定して準備を重ねてきた成果だ。  代表の山本優(ビックカメラ高崎)や原田のどか(太陽誘電)に似た動物的な走塁センス。チームの岩渕有美監督によると、走力を含めて三拍子そろった好選手で、プレーヤーとしての可能性を広げるために外野と捕手の複数ポジションを経験させているという。  いつも笑顔を絶やさず、競技に対する情熱を感じさせる選手で「ソフトボールが大好きだから」と、九州の親元を離れて厳しい練習で知られる昨年の優勝チームに飛び込んできた。ルーキーで体ができていないことも考慮した首脳陣が練習量をセーブしようとしても、頑として休まないガッツは私も耳にしていた。  2カ月前のことだ。同じ高崎市ソフトボール場で、ビックカメラ高崎の実戦練習を見ていると、片岡が本塁付近で涙を流していた。捕手として先輩投手をうまくリードできなかったのか、こみ上げる悔しさを我慢できなかったようだ。多感な年頃がグラウンドであらわにした感情を私は否定しない。練習ではどれだけ泣いてもいい。一方で試合になれば19歳が涙を見せたからといって、相手は同情しない。弱みは隙を与えることになり、つけ込まれる。敗戦を招くことにもなりかねない。付け加えると、同情されるような選手は決して良い選手とは言えない。  褒めて育てる時代だといわれる。それでも私は「育つ」「育たない」を決めるのは、それぞれの心だと思っている。試合で手取り足取りのサポートはできない。頼れるのは自分だけ。ことわざで「馬を水場に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」とはよく言ったものだ。  佐賀女子高の大先輩でもある藤田から足で稼いだ“タイムリー”は必ず自信になる。コロナ禍で前半が中止となった今年のリーグ戦は試合数が例年に比べて少なく、1試合の重み、1点の価値が従来とは異なる。エース上野に今季初勝利をプレゼントした1点を、片岡は一生忘れないだろう。(ソフトボール女子日本代表監督)

宇津木 麗華(うつぎ・れいか)

 1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

西日本スポーツ

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