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銃殺、密告、そして秘密警察…だから私は、東ドイツから亡命した【ドイツ再統一30年目の証言】

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BUSINESS INSIDER JAPAN

2020年は現代史における大事件の一つ、「東西ドイツの再統一」から30年の節目の年です。 【全画像をみる】銃殺、密告、そして秘密警察…だから私は、東ドイツから亡命した【ドイツ再統一30年目の証言】 Business Insider Japanでは、この激動の時代を生きたギュンター・ヴェッツェル氏(65)にインタビューすることができました。 ヴェッツェル氏は20代のころ、「ある方法」で東ドイツから西ドイツへの命懸けの亡命に成功。東西ドイツ、両方での暮らしを知る貴重な生き証人です。このほど、ヴェッツェル氏らの体験を描いた映画が日本で公開されることになりました。

その脱出劇は「東ドイツからの最も華々しい亡命」と呼ばれた。

「たった30年前まで、ドイツは西と東で別々の国だった」。そう言われたところで、ピンとこない人もいるかもしれません。 まずは、簡単に時代背景をおさらいしておきましょう。 第二次世界大戦後、世界はアメリカを中心とする「西側諸国」とソ連を中心とする「東側諸国」が対立する時代、いわゆる「東西冷戦」の時代に突入しました。 ヒトラー亡き後の敗戦国ドイツは、西側陣営のドイツ連邦共和国(西ドイツ)と東側陣営のドイツ民主共和国(東ドイツ)に分断され、冷戦の最前線となります。 西側は資本主義による市場経済、東側は社会主義による計画経済──。異なるイデオロギーの対立は東と西の経済格差を生み出しました。1949年の東西ドイツ成立後から約12年の間に、およそ270万人もの東ドイツ市民が、自由で豊かな西側へと移住したのです。 これをみた東ドイツは1961年、経済崩壊と威信の失墜を食い止めるべく「ベルリンの壁」を構築。西側に亡命しようと無断で国境を越えれば、その場で国境警備隊に射殺される時代が訪れます。 それでも、自由を求める東側の人々は後を絶ちませんでした。当局の監視の目をかいくぐり、驚くべき方法で西ドイツに亡命した人々もいます。 その一人がヴェッツェル氏。1979年に自ら設計、製作した熱気球で東ドイツから脱出しました。 ヴェッツェル氏は、なぜ熱気球という突飛な方法を選んだのでしょうか。再統一から30年を迎えるいま、旧東ドイツからの亡命者として何を思うのでしょうか(※インタビューは7月2日にzoomで実施した)。

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