【中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界】TRASHMASTERS vol.33『堕ち潮』
チラシとは観客が最初に目にする、その舞台への招待状のようなもの。小劇場から宝塚、2.5次元まで、幅広く演劇を見続けてきた中井美穂さんが気になるチラシを選び、それを生み出したアーティストやクリエイターへのインタビューを通じて、チラシと演劇との関係性を探ります。(ぴあアプリ「中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界」より転載) 【全ての画像】中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界「TRASHMASTERS vol.33『堕ち潮』」 重苦しい海辺の景色。不穏な二つの影と、それを覗くような目……。その線に、色彩に否が応でも目がとまります。『堕ち潮』のために描かれたこの一枚の絵について、そしてチラシに込めた思いについて、TRASHMASTERS主宰の中津留章仁さんが語ってくださいました。 中井 TRASHMASTERSといえばこのイラストですよね。毎回、とても目をひきます。チラシがこの形になったのはいつ頃からですか? 中津留 2008年くらいからBRAKICHIさんというイラストレーター・画家の方にお願いしています。 中井 彼に頼むことになったきっかけは? 中津留 僕は音楽が好きで、演劇をやりながらも月1回、六本木でDJをやっていた時期があって。そのお店にBRAKICHIさんの絵が飾ってあったんです。オーナーの友人だというので紹介してもらい、他の絵も見せてもらったらどれもすばらしくて。僕から「実はこういう活動をしているのですが、絵を描いていただけませんか?」とお願いしました。 中井 何がそんなに中津留さんの心を掴んだのでしょう? 中津留 やっぱり力強さですかね。彼のタッチは一見してわかる。そういう絵描きはそれまで自分の周りにはいなかったので惚れ込みました。 中井 描いてもらうにあたっては、「今回の作品はこういう物語で」と話すわけですか? 中津留 そうです、そうです。 中井 いつも、かなり具体的な作品のイメージが絵に落とし込まれていますよね。 中津留 A4サイズにして14枚くらいのプロットを渡して……。 中井 そんなに! 中津留さんは脚本を早めにあげる方ですね。 中津留 いや、全然。プロットは公演1年前くらいには決まりますけど、そこからは遅いですよ(笑)。プロットとともに、具体的に何を描いてほしいかをざっくりと伝えます。それをどう配置するかや色味は全部おまかせ。 中井 今回だったら例えば何を? 中津留 海があって、山とトンネル、それからお金の受け渡しのようなイメージ。最初は目がなかったのを、「ちょっと周りの目みたいなものを足しましょうか」と二人で相談しながら加えましたけど、それ以外はもう、最初に彼が描いてくれたものでバチッと決まりました。 中井 へえ! 中津留 お願いし始めた頃は「ちょっとイメージと違うな」ということもたまにありましたけど、最近はほぼ一発で決まります。 中井 2008年からの積み重ねですね。 中津留 僕の好みを理解してくれているのもあると思いますね。 中井 タイトルの文字も印象的ですね。 中津留 これもBRAKICHIさんに描いてもらっています。文字が滴っているような状態なのは僕のリクエストで。毎回彼が手書きで書いてくれますが、どういう字体で書くかは一度は議論しますね。 中井 今回に関しては、『堕ち潮』というタイトルをまずなんと読むんだろう? というひっかかりがありますよね。そしてこの不穏な字体。 中津留 僕は海辺で育ったので、潮の満ち引きと生活が密接に関係している感覚があるんですよね。満潮と干潮が1日に必ず2回来る。堕ち潮は潮が動かない状態になってしまう、止まってしまうという、本当はありえない状態のことをさしています。僕の造語ですが、実際には漢字の違う「落ち潮」という言葉があるらしいです。 中井 「堕」という漢字にドキッとしますよね。 中津留 潮の満ち引きと経済の良し悪しをかけていて。戦争を体験した世代は満ち引きのように悪いことがあれば次にいいことがくるという論理で頑張ってきたけれど、果たしてそうなのか、それでいいのかという芝居ですね。 中井 なるほど。今回はタイトルの滴るイメージをリクエストして、そこに中津留さんの思いがこもっているわけですね。ビジュアルにインスパイアされて作品が変化することはありますか? 中津留 そういうこともありますよ。作品のイメージがこうしてビジュアライズされる。BRAKICHIさんは僕の書いた字だけを読んで海の色や空の色を決めてくるわけですよね。それを見るとやっぱり、作品全体のトーンがその絵に似つかわしいものになっていきます。 中井 普通、チラシのイラストには署名が入らないことが多いけれど、TRASHMASTERSは必ずサインが入っています。この絵自体も大事にされている証拠ですね。 中津留 完全に独立したアートワークになっていますね。これだけの才能ある人が例えば仕事がないことによって絵を描くことをやめてしまうのはもったいないと思うので、なるべく仕事として、描く場を提供したいという気持ちがあります。