日本人は休めない? 安息日と休日の違いとは 橋爪大三郎(社会学者)
日本は、雨も日も多いし、奴隷制でもない。七日おきに機械的に休むより、雨の日に休むほうがずっと合理的だ。中国も、晴耕雨読という言葉があるように、事情は同じだ。ゆえに、東アジアの地域は近代になるまで、一週間とか安息日とかいう習慣と、無縁に過ごしてきた。 近代は、工業が主役になることである。工業は、天候と関係ない。また工業は、産業連関の塊りだから、休むならいっぺんに休んだほうが合理的だ。そこで、西暦に切り換える際に、一週間の習慣も入ってきた。「日曜日は休むもの」という観念も、当たり前のように受け止められた。 そのほかに、祝日もある。宗教と関係なさそうな独立記念日や革命記念日を祝う外国を参考に、天長節や紀元節や春秋の皇霊祭を祝日に制定した。国民が休めば、儀式を行なうのにちょうどよい。けれども、明治大正時代は大部分の人びとが日給で働いていたから、休みはあるだけ損になる。安息日だか祝日だか知らないが、そんなのものは庶民の頭のうえを通り過ぎて行った。 戦後、高度成長から安定成長にさしかかると、余暇とレジャーを充実し、消費を拡大すべきだとかけ声が起こった。祝日が日曜と重なった場合の振替休日や、覚え切れない新しい祝日が乱造され、一年中、大型連休だらけになった。日本人は、働くのがノーマルと思っているので、祝日でないと、自分からは休めない。当然、有給休暇の消化率も低い。 古事記をみると、日本の神々は働いている。日本人には、安息でなく労働が、神々の神聖な務めなのだ。こんな、西欧と真逆の感覚をもっている日本人が、安息日を理解するのはいつのことだろう。 -------------- 橋爪大三郎 (はしづめ だいさぶろう) 社会学者。現在、東京工業大学名誉教授。元東京工業大学世界文明センター副センター長。理論社会学、現代アジア研究、比較宗教学、日本プレ近代思想研究など、幅広い領域で活躍。著書に『世界がわかる宗教社会学入門』(筑摩書房)、『国家緊急権』(NHKブックス)、『労働者の味方マルクス』(現代書館)ほか多数。