「母になって後悔してる」を考える。「母性神話」に押し込められた女性たちの叫び
母になった後悔……。女性たちが胸の奥に封印してきた思いをつづった『母親になって後悔してる、といえたなら―語りはじめた日本の女性たち―』(新潮社)が出版されました。以前、NHKのウェブサイトでこの問題を扱ったところ大きな反響を呼び、報道番組「クローズアップ現代」でも特集されました。母親たちが抱えてきた悩みや、彼女らを取り巻く社会課題について、著者である髙橋歩唯記者と依田真由美ディレクターの二人と、結婚や出産を巡る女性の生き方に向き合ってきたtelling,の柏木友紀編集長が語り合いました。 【画像】「母になって後悔している」を考える。
産まない後悔と、産んでからの後悔
柏木友紀telling,編集長(以下、柏木): 今回、お二人の著書では、母親になったことに後悔の念を抱いた母親たちへのインタビューを中心に、さまざまな困難に直面する女性たちの生き方がつづられています。センセーショナルなタイトルですし、母親たちの切実な叫びが心に響きました。このテーマをNHKの番組で扱うことはひとつの挑戦だったのではないかと思いますが、どんなきっかけから今回の企画に取り組むことになったのでしょうか? 髙橋歩唯NHK記者(以下、髙橋): 私自身、30歳を過ぎてから「産む」ことについて、周りの人たちから助言を受ける機会が本当に増えました。例えば、「子どもがいるのはとても素晴らしいことだ」「産まずに後悔しない?」などという言葉です。 女性が出産できる年齢に限りがあることは、もちろん知っています。でも、周囲のお母さんたちを見渡せば、仕事と子育ての両立がとても大変そうで、充実した毎日を送れているのかというと、必ずしもそうとも思えませんでした。私自身の人生を考えた時に、果たして「産むこと」が進むべき道だろうか、産まない選択は本当に「後悔」につながるのかな?と思ったのと同時に、ふと、「もしかしたら産んで後悔することもあるのかもしれない?」という逆の視点が浮かびました。 その疑問について調べていたところ、イスラエル人の社会学者、オルナ・ドーナト氏の著書『Regretting Motherhood(リグレッティング・マザーフッド)母親になって後悔してる』に出会いました。「今の知識と経験を踏まえて、過去に戻ることができるとしたら、それでも母になりますか?」という問いに、「いいえ」と答えた女性23人へのインタビューをもとにした内容です。子どもは愛しているけれども、母親であることを後悔してしまう彼女たちは、こう言います。「子どものために人生を諦めた」「母になることで奪われたものは取り戻せない」……。著書は世界各国で話題になり、日本でも2022年3月に邦訳版が出版されました。SNSの投稿でも母親たちからの反響が大きいと知り、取材を始めました。 柏木: 「産んでからの後悔」に着目されたのですね。ドーナト氏の研究を記録したこの本は、学術的な筆致ですが、それでも女性たちの琴線に触れた。以前からそうした思いを抱えていた人が少なくなかったのでしょう。 髙橋: ドーナト氏をはじめとした専門家や、この本を読んだ母親たちへのインタビューを記事にして、NHKのウェブサイトで配信したところ、1カ月の間に全国の読者から300件以上のコメントが届きました。その1つひとつが長文で熱量があり、多くが「母になったことを後悔している」という言葉への共感でした。皆さんの反響も後押しになり、テレビでの放送を目指すことになりました。 依田真由美NHKディレクター(以下、依田): 私も、ドーナト氏の本を読んで関心を持ち、ぜひ番組でも展開したい」と、髙橋記者に声をかけました。彼女とは同じ年齢でもあり、問題意識を共有して取材を続けていたさなか、私の妊娠が分かりました。2022年12月に放送したクローズアップ現代「“母親の後悔”その向こうに何が」では、もうすぐ母になる私自身の視点も含めて、女性たちが胸の内に秘めていた複雑な思いを伝えました。放送翌年に生まれた息子は、もうすぐ2歳になります。