【マッツ・ミケルセン 】007からマーベルまで網羅するカリスマ悪役。元体操選手の「いつか報われる」哲学
「北欧の至宝」。現在、この称号を得ているのは、60歳間近の男性俳優、マッツ・ミケルセンだ。知的で優美、どこか冷血で高尚そうなイメージによって、悪役スターの座をほしいままにしているデンマーク人だ。『007/カジノ・ロワイヤル』(2006)を国際的出世作にして以来、ハンニバルやマーベル、ハリー・ポッター、インディ・ジョーンズといった錚々たるシリーズに出演してきた。ある意味フットワークの軽さを感じさせるほどで、小島秀夫制作のゲーム『DEATH STRANDING』(2019)やディズニーのアニメーション『ライオン・キング:ムファサ』(2024)にも挑戦している。日本好きとしては、東京・大阪コミコンに4回も参加したばかりか、一週間はやく来日して京都散策を満喫したこともあるそうだ。 【写真】マッツ・ミケルセンと妻のツーショット マッツの優美さは、執着のなさと関係している。ハリウッドスターとして、アンチエイジングや役者魂の発露に精をなすことはないし、海外俳優として、同じような役ばかり求めてくるハリウッドに不満を表明することもない。こうした懐の広さについて、本人も考えを述べている。「そもそも、今の職業(俳優)が夢ではなかったからかもしれません」。 ◆遅咲きの繰り返し 実際、1965年コペンハーゲンの労働者階級の家に生まれたマッツ・ディットマン・ミケルセンは、俳優を夢見ていたわけではなかった。映画が好きではあったが、演技をしたいというより、憧れのブルース・リーそのものになりたかったという。 そんな少年は、人生をとおして、遅咲きのキャリアを繰り返すことになる。まず、小学生のころ、先生に誘われて体操選手となったが、トップ候補としてはトレーニングを始めるのが遅すぎたため、17歳で断念。 その後の10年は、ダンサーとしてキャリアを築いた。妻のハンネも、このころ出会った振付師だ。 踊りにおけるドラマ表現に惹かれて演劇学校に入ったころには、子持ちになっていた。つまり、同世代の俳優と比べてスタートが遅かったのだ。在学時「ストリート流の俳優らしくない俳優」を求めていたカルト映画『プッシャー』(1996)によって映画デビューを果たす。エッジィなデンマーク映画潮流「ドグマ95」俳優として評価を得ていき、その後テレビドラマ『UNIT ONE-特別機動捜査班-Rejseholdet』(2000~2004)で人気者になった。突如有名になった展開に驚きはしたものの、すでに30代であったため、ある程度落ち着いて対応できたという。 ◆悪役と一般人のバランス 時代劇『キング・アーサー』(2004)に出演すると、ハリウッドの悪役時代が始まった。オーディションで演技をまともに見られない扱いに憤慨したこともあったというが、数々のビッグシリーズを経験した今は、満足し楽しんでいるという。本人いわく、演技をアイデンティティのすべてにしているわけではないため「悪役専門」的な配役を個人的に受け止めることもない。「私は演技に真剣に取り組んでいますが、真剣になりすぎることはないのです」。 諸行無常の域にあるような余裕は、キャリアのバランスに拠るかもしれない。ハリウッドの悪役スターになったあとも欧州映画に出演していった彼は、とくに母国では追い込まれた一般市民を演じることが多いのだ。 新作の時代劇『愛を耕すひと』(日本公開2025年2月14日)で演じるのは、18世紀、貴族の称号を得るために危険な開拓に挑戦する退役軍人。正義をアイデンティティのすべてにするかのようなこの役柄は、マッツ本人の人生観と正反対だという。 マッツ・ミケルセンの哲学とは、キャリアよりも目の前の仕事ひとつひとつに取り組む、というものだ。『愛を耕すひと』の主人公は、目標意識に取り憑かれているため、ものごとを利用価値の観点でしか見られない。しかし、マッツいわく、ひとつひとつを大切にして真面目に取り組んでいけば、いつか報われる。「どんな役でも得られるものは何かしらあるし、10年経たないと気づけないこともあります」。 体操、ダンス、演技と、遅咲きを繰り返してきた才人として、これほど本人が体現している哲学もないかもしれない。たとえば、中年にしてアクション大作の常連になっている背景には、若きころつちかった体操の技術がある。 意外なところで、憧れを叶える機会も得た。マーベル映画『ドクター・ストレンジ』(2016)撮影中、スーパーヴィランとして空を飛ぶカンフーを行ったのだ。この経験について、マッツが繰り返し、興奮気味に語っているのも無理はない。超次元のカンフーといえば、俳優業に無関心だった少年時代に憧れたあの人だ。「50代にして、子どものころの夢が叶ったんだ」「ついに、ブルース・リーになれた。ちょっと年寄りバージョンのね」。 【辰己JUNK】 セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)