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【シューリペアラー 奥山武】バラしても自分たちが修理したことに気づかないところまで ~後編~

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FORZA STYLE

福禄壽の暖簾を掲げて17年。奥山さんは満を持してオリジナル・ブランドを立ち上げました。キーストーンシューと名づけたそのブランドは、いってみればシャトル織機で織られたデニムです。

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リブテープが存在しないグッドイヤーダ、ダ、ダ。ダ、ダ、ダ。ダ。 長閑なミシン音がすくい縫いをする奥山さんの背中越しに聞こえてきた。その音は古き良きシャトル織機を思わせた。 シャトル織機は産業革命の時代に織物の生産性向上を実現すべく誕生したマシンだ。マシンといってもたいへんにプリミティブな構造を採っている。コンピュータで制御される高速織機の登場でその役割を終えるかと思われたが、糸の風合いを殺さないとあらためて注目を集めている。ちょっと調べてもらえばわかるが、こだわりのあるブランドはたいてい、このシャトル織機で織っている。 キーストーンシューはヘビーなブーツとは思えないほど履きおろしから返りがよく、履き込むうちに包まれるようなフィット感が生まれます。そのカラクリは少々難解です。ひと言でいってしまえば、ハンドソーン・プロセスの完全機械化に成功したってことです。 ハンドソーンウェルテッド製法はアッパー、ドブ(インソールの外周をぐるりと掘り起こした部位)、そしてウエルトをすくい縫いし、ウエルトとアウトソールを出し縫いします。 これにマシンを導入したのが、グッドイヤーウェルテッド製法。肝はドブのかわりに貼りつけたリブテープと呼ばれる部材にあります。リブテープのおかげで、すくい縫いがマシンで処理できるようになった。 量産を考えたときには画期的な製法です。しかし履き心地には難があった。部材が増えて構造も複雑になっているのだから、当然といえば当然です。 ドブが縫えるマシンがあれば、ハンドソーンとおんなじ履き心地が手に入るんじゃないか。自分はそう考えてイタリアのメーカーに特注してマシンをつくってもらいました。納得がいくものができあがるまでに4年かかりました。といっても自分のアイデアではありません。じつはリオス(オブメルセデス)などのウェスタンブーツがこの構造を採っていたんです。 リブテープには5ミリ前後の高さがあり、極端な話、すくい針はテープのどこを通ってもいい。ドブの場合は、起こした根元にピンポイントで針を落とさないといけないから どうしたって慎重になる。これまでのすくい縫いのようなスピードは望めません。 このインソールにはもうひとつ仕掛けがあります。4ミリほど漉いたエッジがそれ。靴は履き込むと中央がへこみますよね。この加重に合わせてエッジが盛り上がるって寸法です。こっちは1940年代のサービスシューズがヒントになりました。 修理職人の集大成部材はアメリカから仕入れられるものは仕入れて、ないものは自分でつくっています。 この釘、見てください。先端がぐっと すぼまっているのがわかりますか。打ち込むとその瞬間にひしゃげます。釘は効くけど、中底への負担は軽いんです。日本には寸胴の釘しかなかったからつくりました。鉄と真鍮、それぞれサイズを揃えて10種類あります。 バックルもオリジナルです。いま売られているバックルは安全基準が厳しくなって角を丸めているんです。自分のバックルはアンカースタンプで有名なノース・アンド・ジャッド社のアーカイブをモチーフにしています。 練りコルクはアメリカから引っ張っています。向こうのコルクは日本のそれとまるで違う。絶妙な柔らかさがあって、履きおろしからなじむ。作業性も高い。サーって塗ればシューっていきますからね。 ソールに使う糊はあえて つきの悪いものを選んでいます。アメリカのブーツって履いていくうちにソールが ずれていくんすよ。あの段差が再現したかった。あまりきれいにグラインダーをかけず、あえて接着面の銀面を残しているのもポイントっすね。 コバはグラインダーじゃなくてカッターで仕上げています。表面を走るカッター痕がいいんです。かかと近くにある段差もこだわりのひとつ。コバ削りって、つま先まわりと かかとまわりを別個に削ります。自分は削ったら削りっぱなしですが、日本では前後をまとめる(均す)ために もうひと手間加えちゃう。 デザインは なんもいじっていません。参考にしたのは向こうで見つけた製靴の専門書。木型も型紙も、すべてその専門書の理論がベースになっています。自分の頭にあったのは履きやすさと味わいだけ。上っ面のデザインには なんの興味もありませんでした。 キーストーンシューをブランド名にしたのは、修理職人として積み上げてきたものをかたちにしているからです。キーストーンってのはアーチの頂部に はめる石のこと。まさしく積み上げていったアーチを締める役割を担っています。日本語では要石とか楔石って呼ばれます。 みんなはアッパーのデザインから入るわけですが、自分はまさしく底から這い上がりました(笑)。 おかげさまで好調です。ほら、エンジニアって履きにくいでしょ。ふつう、歳とるとどうしたって足が遠のくんですが、仲間は喜んで履いてくれます。自分は「人生最後のエンジニアにしてくれ」っていっています。 オリジナルの木型修理の勘どころは木型にあります。 レッドウイング、ラッセル(モカシン)、ホワイツ、リオスやルケーシーなどのウェスタン・ブランド……これまでにかなりの数の工場を見学させてもらいました。職人は はじめのうちとってもいやそうなんですが、帰るころには例外なく仲良くなっています。自分は金玉のさすりかたが上手いんです(笑)。真面目な話、好きだってのが伝わるんでしょうね。 かれらの仕事ぶりをみると、はっきりいっちゃえば自分のほうが技術があった。にもかかわらず仕上がったブーツの雰囲気は太刀打ちできなかった。 かれらは木型を使い、自分は木型を使っていなかった。オールソールってアッパーに負担がかかるからどうしたって型が崩れる。木型は修理においても なくてはならないものだったんです。 自分は主要なブランドの木型を徹底的に研究、木型メーカーに いちからつくってもらいました。ゆうに15を超える種類があって、それぞれハーフ刻みで5~12サイズまで揃えました。その数、100じゃききません。たいへんな出費でしたが、オールソールの要であるとわかった以上、そこをケチるわけにはいきませんから。 ブランドによってペーパーの番手を変え、削る順番も変えています。些細なことのように見えて、再現性にこだわれば侮れない部分です。工場見学の際、目を皿のようにして(笑)頭に叩き込みました。 出し縫いはもちろん元のミシン目をたどっています。いうはやすしを代表するプロセスです。マシンにセットしたときの底面は見えませんからね。ピッチ、コバからの距離、すべて計算した上で、さらに心の目が必要になる。現在 オールソールは3人のスタッフにすっかり任せています。おかげで自分はキーストンシューに集中することができた。 自分の目標は、バラしても自分らが手がけたことに気づかないようなところまでもっていくこと。いまはまだ、自分らがやったって わかりますからね。まだまだですよ。 10個上の兄物心ついたときにはアメリカのプロダクトが好きになっていました。幼少時代に受けた英才教育の賜物っすね。自分の兄弟は10個上です。基本、ヤンキーの街ですが、そういう風につるんでいる同級生にはまったく興味がなかった。兄貴と兄貴の友だちに遊んでもらっていたからです。 ワークブーツもハーレーもデッド(=グレイトフル・デッド。アメリカのロックバンド)も、元をたどれば そこには兄貴たちがいた。 デッドは若いころは あまりわからなかったんですが、いまや自分にとって空気のような存在。これぞサイケデリックです。うまくいえないんだけれど、自分の仕事はデッドに通じるところがあると思う。50周年ライブのときにはサンフランシスコまで遠征しました。 アメリカのプロダクトは誰がやっても おんなじものがいくつもできる。大量につくれるから、値段も抑えられて、誰でも手に入れられるってのがいい。プロダクトとしても天下一品です。何十年かけてそぎ落とされた、ほんものの機能美です。 古いことが正義だなんて青臭いことをいうつもりはありません。じっさい、自分がいいと思えばなんでも取り入れたいし、げんにいまもクラリーノを使ったブーツを試作中です。合皮は値段が安く、大衆にゆきわたる。尊敬すべきマテリアルですが、一般的な合皮は耐久性に難があった。リフレクターがわりになる部材を探していて たどりついたのがクラリーノでした。 屋号は実家の和食屋の名前をいただきました。どんな名前がいいんだろうと うんうん唸っても答えは出なかった。帰省したときに「悩んでんだよね」っていったら、「福禄壽でいいじゃねぇか」って。オープンしたばかりのころは おじいちゃんがやっている店かと思ったとよくいわれました(笑)。実家のほうは いまは兄貴が継いでいます。 Photo: Shimpei Suzuki Text:Kei Takegawa Edit:Ryutaro Yanaka   【問い合わせ】  

竹川 圭

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