安定感を増した稀勢の里 横綱になれるか
精神面での成長ぶりも見逃せない。ここ一番になると土俵上でせわしなく瞬きを繰り返し、カッカッしながら仕切っていたのはもう過去の姿だ。これまでは勝っても負けてもピリピリした雰囲気を醸し出していたが、先場所は終始、表情は穏やか。琴奨菊に完敗した千秋楽も以前なら無言を貫くケースであっただろうが、「完ぺきでしたね。あっちが。今日で台無し」と悔しさを押し殺しつつ、報道陣の前で完敗を素直に認めた。 横綱審議委員会の内山斉委員長は「名古屋場所で全勝優勝すればいいが、優勝しなくても14勝なら」と、優勝なしでも昇進の可能性があるという異例の見解を示唆。北の湖理事長も「優勝といっても12勝では厳しく見られる」とハイレベルの優勝を要求した。いずれにしてもハードルは高いが、“白鵬討ち”を果たせば道は大きく開けてくる。 対戦成績では7連敗中だが、先場所はその中でも“絶対王者”を最も苦しめた一番ではなかっただろうか。白鵬が立ち合いで変化を見せたのも、稀勢の里の立ち合いの圧力を脅威に感じたからに違いない。最後は力尽きたが、左四つがっぷりで土俵際まで追い詰める場面もあった。「内容がよくても負けは負け」と本人は未練がましいことはいっさい口にしなかったが、地力の差は着実に縮まっていると見た。 難攻不落に見える白鵬も上体が起きると焦りからか、無用な張り手や引き、叩きを繰り出し、脇が空く癖がある。立ち合いは低く踏み込んで、武器である左おっつけで横綱の重心を浮かせ、慌てさせる展開に持ち込めれば面白い。得意の左四つで相手に上手を取らせない体勢になれば勝機は十分だ。 先場所千秋楽、部屋で行われた打ち上げパーティーでは、「優勝に向けていろいろ準備してくださった方々に大変申し訳ない気持ちです。この悔しさは次の場所にぶつけます」と後援者の前で“リベンジ”を誓った。 一番のポイントは序盤を無難に乗り切ることだ。格下に取りこぼさず白星を重ねていけば、ムードや勢いも後押ししてくれる。その上で最低でも横綱を1人倒すことが、綱取りの絶対条件となってくるだろう。 ホープと言われた男も7月場所直前に27歳となり、力士としてはもう若くはない。何度も味わった悔しい思いを肥やしに、いよいよ相撲人生の集大成を見せる時が来た。 (文責・荒井太郎/相撲ジャーナリスト)