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小説みたいな深い読後感――金原ひとみさんの初エッセイ『パリの砂漠、東京の蜃気楼』

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本がすき。

金原ひとみさんが20歳で芥川賞を受賞し、世間の耳目を集めてから16年。'11年に東京から岡山へ引っ越して次女を出産、その後、パリへと拠点を移し執筆を続けてきました。新作は「パリでの6年間と東京に戻って2年。それぞれの街で感じたことを書いた」初エッセイ集です。

パリで過ごした期間があったことで、東京の便利さも窮屈さも再認識しています

 作家デビューして16年。金原ひとみさんはこのたび初めてのエッセイ集『パリの砂漠、東京の蜃気楼』を出しました。 「初エッセイですが、小説を書くのと変わらない気持ちで書きました。エッセイといえばエッセイなのですが、すべて事実どおりというわけでもありません。今月あったことを自由に書く、という形で書き進めていったのですが、私としては気負わずに書いた私小説のような作品です」  パソコンの画面越しに、金原さんは柔らかい表情を浮かべながらゆっくりと語り始めました。 「'12年から丸6年滞在したのですが、フランス生活がこのまま続くかどうかわからないと思い、フランスに対して抱いている生の感想を書き残しておきたかったんです。  まず、ぶち当たったのが手続きです。住み始めた当初、書類はとにかく捨ててはいけない、全部保管しておけ、とアドバイスを受けたんですが、実際、そのとおりで……。しかも、何から何まで書類なのに、その手続きが全くもってうまくいかない。そういうことに 辟易しました(笑)。  2年前に日本に戻ってきて、日本はあらゆる手続きが楽だと実感しています。ファミリーレストランも24時間開いていますし、夜遅くまで1人で飲めますし、スーパーマーケットで玉ねぎを買っても腐っていませんし(笑)。  帰国し日本の便利さや何でもスムーズに機能することに慣れてきましたが、逆に、小さいあれこれに危機感を覚えることもあって。たとえば、日本のオジサンって、どうしてあんなに威張っているのでしょうか。コンビニのレジで中年のオジサンが店員さんに威張り散らしているのを見てあぜんとしました。日本のいいところを感じつつ、すごく窮屈なところも再認識しています。そういったことがバランスよく書けたのではないかと思っています」 ――自分の信じていることをしていないと、窓際への誘惑に負けてしまいそうだった。これまでしてきたすべての決断は、きっと同じ理由からだったのだろう。不登校だったことも、リストカットも、摂食障害も薬の乱用もアルコール依存もピアスも小説も、フランスに来たこともフランスから去ることも(中略)。そうしないと壊れてしまう。潰れてしまう――  そんな生々しい言葉が、随所にサラッとつづられる本書。強い違和感や底なしの孤独にとらわれながらも、諦観するのではなくあらがって生き延びようとする30代女性の姿が浮かび上がってきて、読みだしたら止まらなくなります。 「自分のことをさらけ出して書くというような構える感じはありませんでした。もともと自分のことを書かないと決めていたわけでもなく、機会があればと思っていたんです。  フランスでの日々はきつかったのですが、一方で、私自身が救われた部分も多々あったと思っています。自分を赦ゆるし、解放して生きることができる面もあったからです。ただ、パリでの最後の1年は私の人生の中でもかなり暗い時期で、ずっとうつ状態。生きる意味って何だっけと漠然とした不安と疑問を抱え、答えがないのが耐え難い。だからその時期に作品を書けたのは、私自身のデトックスになってよかったと思っています。  帰国したからといって根源的な問題に答えが出るわけではありませんが、書き終えた達成感はあります」  抑えた筆致で紡がれる言葉たちが、読み手の心に染み入ってきて、共感したり思索したりすることを促します。妙味あふれるすてきな作品です。

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