プーチン大統領に「ウクライナ軽視」を教えた“歴史の先生”補佐官【ウラジーミル・プーチンとは何者か】
【ウラジーミル・プーチンとは何者か】#60 ロシア人は米国にあこがれつつ、文化や歴史では自分たちが上だと信じる「コンプレックス」を抱いている。確かに、文学や音楽で名をはせた大国。しかし、歴史観がゆがんでいたらどうなるか……。安全保障問題が原因のはずのウクライナ侵攻には、大義としてプーチン大統領の歴史認識が総動員された。 【写真】「プーチンの愛人」の噂が消えない元新体操女王には少なくとも3人の子供が ■学者ではなくPR業者 小難しい話から始めたが、開戦直前の2月21日の演説を振り返ってみよう。 「ウクライナは単なる隣国ではなく、われわれの歴史や文化、精神空間の不可分な一部」 こんな感じで、1時間近く延々と続けた。つまり「そんな国はなかった」との主張。徹底的に見下し、民間人の犠牲を含めて何をやっても構わないという姿勢は、こうした思考に根差している。 では、これがプーチンの編み出したものかというと、必ずしもそうでもなさそうだ。歴史の授業には「先生」がいる。2012年から文化相を不評ながらも務めた後、20年に大統領補佐官になったウラジーミル・メジンスキーだといわれる。 ロシア社会はそもそも保守的だが、さらに極端な意見を持つ。政権が重視する軍事歴史協会のトップとして、大国の誇りを取り戻そうとした。先に紹介した「灰色の枢機卿」スルコフ系の人物。経歴は学者というよりPR業者に近く、自身の論文盗用疑惑もあった。「ロシア人には特別なDNAがある」と述べて失笑を買ったことも。 「皇帝」の世界観をつくるメンター(助言者)として、欧米メディアでは思想家アレクサンドル・ドゥーギンの名前が挙がるものの、違うという声が専門家の間にある。米国屈指のロシア研究者フィオナ・ヒルらの著書「プーチンの世界」は、14年のウクライナ危機に関し、ドゥーギンの方がクレムリンに利用されていたと指摘した。 ■なぜか停戦交渉に顔出す ロシアの歴史観には表と裏がある。ナチス・ドイツから東欧を解放したことを声高に叫ぶのは、戦後に共産主義陣営の圧政に苦しんだと訴える東欧に反論するため。70年以上前の戦勝は毎年祝うが、誇らしくないアフガニスタン侵攻の失敗は省みない。 「第2次大戦の結果の見直しは許さない」と欧州や日本にかみつくのは、自ら歴史修正に手を染めていることをごまかすためではないか、とも思えてくる。 今般の停戦交渉では、なぜかメジンスキーがロシア代表団を率いた。隣国とかみ合った話をする気があるのか、誰もが判断に困る人選だった。歴史論争をするわけでもなかろうに。 (つづく) (文=平岩貴比古/時事通信社前モスクワ特派員)