大谷翔平が発言「人生最高の試合」たった1人、大谷からタイムリーを打った男の“その後”「仙台育英で3年間ベンチ」「大学野球部をわずか3カ月で退部していた」
「レギュラー組はオラオラだった」
――同期には仙台育英の附属中、秀光中から上がってきた渡辺郁也というスター選手もいたわけですよね。小・中学時代、東北では大谷以上に有名だったという。 笹川 渡辺は中学時代に雑誌とかでも取り上げられていましたから。中学時代から140キロ投げていると聞いていて、実際に見たら本当に140キロ出ていて。もう終わったなと思いました。私はまだ130キロ出るか出ないかという程度だったので。渡辺は、身長は170センチぐらいだったんですけど、しなやかで、馬力もあるし、コントロールがめちゃくちゃよかったんです。1年夏に渡辺がベンチ入りした時点で、もうエースは確定だなと。当時の監督はエースを決めたら、そのエースと心中するというスタイルだったので、他のピッチャーはいらないんだろうなと思ったんです。 ――渡辺からエースの座を奪い取ってやろうと思ったことはないのですか。 笹川 一切、なかったですね。僕の性格というか、キャラも要因だったのかもしれません。私たちの学年はレギュラー組のオラオラしている人たちと、サブ側の人たちでわかれていて僕はサブ側の人間だったので。高3夏の甲子園でようやくベンチ入りしましたが、出番は回ってきませんでした。なので、高校時代はいい思い出はほとんどないと言っていいかもしれません。 ――レギュラー組はやっぱりオラオラ系なわけですね。 笹川 そうじゃないとやってられないんだと思いますよ。渡辺もオラオラしていましたね。私もさんざんいじられましたから。ただ、2年ぐらい前かな、高校卒業してから初めて渡辺に会ったんです。飲みに誘われて。そうしたら、とげとげしさがなくなっていて。別人みたいになっていました。本当に渡辺なの? って。本人は「俺も大人になるよ」と言っていました。大学、社会人で苦労したんでしょうね。観られる側にいた人間が観る側に回るときって、すごい葛藤があると思う。そこで変わったんじゃないですか。
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