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「長崎原爆15分後」被爆の医師が描いた油絵 家族「戦争の現実伝えたい」 霧島・松下美術館〈終戦75年〉

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南日本新聞

 1945年8月9日、長崎原爆の爆心地から1キロもない場所での体験を、油彩に残した医師がいる。戦後、故郷の霧島市福山で地域医療に尽くした松下兼知さん(故人)。75年がたつ節目に7日、病院敷地内の松下美術館で公開が始まった。次男兼介さん(76)は「戦争の現実を知らない人が増えた。あの日のことが少しでも伝われば」と話す。 【写真】松下兼知さん

 タイトルは「長崎原爆15分後」。兼知さんは当時40歳で長崎医科大学(現長崎大医学部)の教官だった。本人の日誌などによると、所属する精神科の教室にいた時、閃光(せんこう)が走り、床にたたきつけられた。  外にはい出ると、まさに生き地獄だった。絵には、火が上がる木造校舎、ぼうぜんと座る同僚、血だらけの学生に声を掛ける自身の姿も描いた。  兼知さんは48年に福山に帰り、翌年、診療所を開いた。若い頃に一時は画家を志したほどの絵心を持ち、絵筆を離さずに絵画収集も続け、83年には松下美術館を開設した。  母親らと島原に疎開していて原爆の難を逃れた兼介さん。「父は原爆症の後遺症に苦しみながら仕事に打ち込んだ。犠牲者への思いを終生抱いていた」と振り返る。「長崎原爆15分後」の展示は16日まで。

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