ロックバンドがメジャーになるための苦闘、X JAPAN、GLAYのデビュー・アルバムを振り返る
X JAPAN、そしてYOSHIKIとGLAYの関係
RAIN / GLAY 1994年5月25日発売、GLAYのインディーズでのデビュー・アルバム『灰とダイヤモンド』から「RAIN」。作詞がYOSHIKIさんで、作曲がYOSHIKIさんとTAKUROさんの共作ですね。元になっている曲がありまして、GLAYの「Julia」という曲ですね。この「RAIN」はシングルとアルバムが同時発売だったんです。このへんがYOSHIKIさんの戦略家、策略家たる所以なんですけども、アルバムはエクスタシーレコードから『灰とダイヤモンド』が出た。このシングルの『RAIN』はプラチナム・レコードというところから出たのですが、これはYOSHIKIさんが作ったメジャーのレコード会社なんですね。アルバムはインディーズ、シングルはメジャー、両方とも自分のレコード会社だった。YOSHIIさんの力の入れ具合がわかりますね。アルバム『灰とダイヤモンド』の方は「RAIN(GLAY VERSION)」というふうに書いてあるんです。GLAYバージョンの意味は何だったんだろうと今あらためて思ったりもしましたが、X JAPAN、そしてYOSHIKIさんとGLAYの関係というのがこのへんに伺われますね。 彼女の“Modern...” / GLAY 30周年のGLAYの始まりの歌、アルバム『灰とダイヤモンド』から「彼女の“Modern…”」インディーズ版です。ライブで欠かしたことのない曲でしょうね。僕はメジャー・デビュー後に彼らを知ったのでライブで初めてこの曲を聴いたときに、かっこいい!と思わず叫んでしまいましたけど、今でも大好きですね。 お聴きになっておわかりいただけたと思うのですが、1995年のメジャーの1枚目『SPEED POP』の中にもこの曲は入っているんです。でもね、歌詞が違うんですよ。一番肝心なところが違うんです。今も歌われているのは「君はドレスで裸足のままで奇跡の海を華麗に泳ぐ♪」なんですけど、今お聴きいただいたのは「君のドレスはもうボロボロで折れたヒールを世界が笑う♪」ですよ。全く違う歌と言っていい。ほんとに一行だけで世界が一変する、主人公の女性が全く違う人物になってしまう。ドレスのままで裸足で奇跡の海を華麗に泳いでいる女性、かっこいいですね、魅力的ですね、会ってみたいですね。それがもうボロボロで、折れたヒールを世界が笑う。悲劇のヒロインですよ。救いがない。これが、インディーズとメジャーの違いなんだとあらためて思いました。 言い換えれば“ヴィジュアル系”と“ポップ”、『SPEED POP』とはよくつけたものですね。『灰とダイヤモンド』はインディーズのアルバムでしたからね。ヴィジュアル系の音楽はいろいろな例え方がされますけども、歌の世界ということで言うと、悲劇的なものであるとか反抗的なものであるとか、反宗教みたいな、そういう異端の美学をどこまでドラマチックに歌えるかというのがヴィジュアル系の1つのヒロイズムでしたから。ヴィジュアル系で歌う女性はこれだったんでしょうね。世界に裏切られたり、世界から捨てられたり、世界に救われなかった悲劇の女性の歌。でもポップは違う。これをTAKUROさんは見事に理解したんでしょうね。この一行だけで違う歌にしてしまいました。「君のドレスは裸足のままで奇跡の海を華麗に泳ぐ」、いいですねー。やっぱりこれがメジャーだなとあらためて思ったりしました。この『灰とダイヤモンド』はヴィジュアル系の流れを色濃く表したアルバムでしたからね。次の曲もそういう曲です。その後のライブでもよく演奏されています。 千ノナイフガ胸ヲ刺ス / GLAY 1995日5月25日発売、GLAYのインディーズでのデビュー・アルバム『灰とダイヤモンド』から「千ノナイフガ胸ヲ刺ス」。今週のこのアルバムはオリジナル盤ではなくて、2014年の20周年のときに『Anthology』というリマスターと当時の写真や映像とかインタビューを乗せた3枚組のアルバムが出て、それからお聴きいただいているんですけど、リマスタリングされたものでも今のGLAY、その後のGLAYとドラムの音が違うのは一目瞭然ですね。 この『灰とダイヤモンド』のときのドラムは今のTOSHIさんじゃないんですね。ドラムが固定できなかったんですね。僕が見たのはTOSHIさんになってからで、この頃のことはほとんど知らないんです。当時はインタビューでもこの頃のことはある種のタブーになっていました。言ってみれば、GLAYの黒歴史に近かった。その前のドラムのことを聞くと、みんな嫌がっていたという時期がありました。20周年の『Anthology』では当時の写真や映像も載っております。インディーズ時代のTOSHIさんじゃないドラマーのライブも映像があります、写真も載っています。そして、GLAYを見つけたYOSHIKIのレコード会社、エクスタシーレコードの谷口さんのインタビューも載っているんですね。彼が横浜のライブハウスでGLAYを初めて見たときは、お客さんが10人いなかったという話をしてます。その後に新宿LOFTのオーディションがあって、それを見に行ったらよかったので、YOSHIKIさんに教えて、彼が市川のライブハウス、ジオにロールス・ロイスで乗り付けるというサクセス・ストーリーに繋がるわけですが、その新宿LOFTのオーディションはGLAYは落ちたらしいですね。20周年の『Anthology』が出たから、当時のドラマーの話もこうやってできると思っていただけると幸いなのですが、このアルバムの中で入っている曲で90年代のライブで一番盛り上がった曲をお送りします。「BURST」。 BURST / GLAY この曲は3分21秒しかないんですけども、ライブでは長かったですねー。1998年の「pure soul Tour」というツアーに僕は同行して『夢の地平』という本を書いたんですけども、あのツアーの最後には延々やってましたからね。TOSHIさんのドラムソロが10分近かったことがあります。キーボードのD.I.E.さんが客席に飛び込んで、客席走り回って。これいつ終わるんだ?っていうぐらいに盛り上がっていました。みんなでBURST!BURST!と叫ぶところを僕もステージに上がってやったことありました(笑)。1999年の7月31日幕張で20万人コンサートがありました。アンコールの最後の曲が「RAIN」から「BURST」という流れでしたね。この20万人コンサートが今年6月8日、9日、25周年ということでベルーナドームでリバイバル公演が行われますね。この「BURST」をやるんでしょうか。