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カープOB 新井貴浩が語るあのレジェンド左腕との思い出(後編)

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広島アスリートマガジン

 今年カープが球団創立70周年を迎えたことを記念し、新井貴浩氏にカープファンだった幼少期も含め、カープにまつわる思い出を語ってもらう本連載。前編に続いて、今回はプロ入り後の大野豊氏との思い出を語る。 【写真】愛弟子・堂林翔太選手と必死の表情で護摩行を行う新井さん ◆大野さんはどんなときも変わらない人格者  大野さんとはプロ入り後、忘れられないエピソードがあります。プロ入り1年目のキャンプでのことなんですが、早い段階から僕はアキレス腱に痛みを感じていたんです。それを我慢しながらずっと練習を続けていたんですけど、ある日トレーナーさんから「新井、お前このまま練習を続けるとひどくなるから、一回広島に戻れ」と言われていたんです。  でも僕としては1年目で必死でしたし「いや、帰りたくないです! 練習を続けさせてください」とお願いをしていました。そのやりとりが、どこかで大野さんの耳に入ったんでしょう。キャンプ地である沖縄の球場で大野さんに呼ばれて「新井、お前アキレス腱の調子が悪いんだろ?お前の気持ちは分かるけど、ここは1回我慢して広島に帰りなさい」と言われました。  そう言っていただいた僕でしたが「キャンプを離脱したくないんです」と答えました。それでも大野さんは「この先、お前には未来があるんだ。もしこのまま練習してアキレス腱が切れたら、大変なことになるぞ。だから今は我慢して治すときだ」と。それで僕は納得してキャンプを離脱することになりました。  普通であれば、一軍投手コーチが担当外であるルーキーの野手にこんなことを言ってくれることなんて、あり得ないことです。今思い返しても、あの大野さんにそのように言っていただいたことというのは、本当にうれしかった思い出です。  ただ……キャンプを離脱して広島に帰った後は、大下剛史ヘッドコーチから「あいつは何をしとるんじゃー!」……という感じでしたけどね(苦笑)。  選手時代はその後も大野さんが解説で球場に来られたときは、グラウンドでよく声をかけてもらいましたし、僕がカープに戻ってきたときも僕に冗談混じりで声をかけてもらいました。2018年に僕が現役引退をお伝えしたときには「お前の野球人生だし、自分が決めたことだから、最後の最後まで頑張れよ! お兄ちゃん、カッコいいじゃん!」と、大野さんらしい表現で声をかけてもらい、うれしかったですよね。  そんな風に現役時代から大変お世話になっている大野さんですが、僕がプロ入り前のカープファンのときと、実際にカープの選手になってからも、大野さんのイメージというのは全く変わらないものでした。そこで感じたのは、大野さんという方はつくられたイメージではないんだなということです。やはり人柄なんでしょうね。  これまでたくさんのプロ野球関係者と接してきましたが、紳士さで言うと僕の中ではトップクラスの方です。飾らないし、どんなときでも変わらないし、人格者というイメージを持っています。  そういう意味では、自分もこうあるべきだと学ばせていただきました。プロ野球選手って素晴らしい実績を積み重ねる中で、謙虚さが少しずつ薄れてしまう人もいるものなんです。そういう人を見てきた中で、自分はそうなりたくないと思っていましたし、今でもそう思っています。だからこそ、大野さんは大勢のファン、そしてプロ野球関係者からも好かれる方なんだと思います。僕としては大野さんはカープの大先輩ですが、シンプルに『好き!』という存在でもあります。僕の野球人生において、大野さんは非常に大きな存在です。

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