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『現代美術史』著者・山本浩貴に聞く「コロナ時代の(と)アート」

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美術手帖

「美術史を複数化する」意識 ──手に取りやすく、かつ本格的な現代美術史の入門書は本書が国内で初めてではないかと思います。山本さんは1986年生まれで、正直その若さに驚きました。まずはその出版の経緯を教えていただけますか。  留学先であったロンドン芸術大学博士課程在学中にサントリー文化財団の若手研究者対象の研究助成に応募し、2016年度の助成をいただきました。その中間報告会が東京で行われ、そこで出版元の編集者と話したのがきっかけです。当初は90年代以降のいわゆるソーシャリー・エンゲージド・アート(SEA)に絞って書きたいと考えましたが、新書なので「現代美術の流れがたどれる通史的な本にしてほしい」と要望があり、この形になりました。  入手しやすいせいか、現代美術というさほど売れない分野の本にしてはいろいろな人の手に取っていただいているようです。教科書的な部分もあるので、先生が生徒に勧める学校もあると聞きました。 ──本書は冒頭、限られた紙幅で包括的な現代美術史を書く困難を断ったうえで「芸術と社会」をテーマに掲げています。このテーマを選んだ理由を改めてお聞かせください。  僕の場合、美術研究は社会学から入りました。イギリスの社会学者ジャネット・ウルフの81年の著作『The Social Production of Art』の序文に「芸術は社会的産物である」という一文があります。要するに芸術は自律的な天才たちによる自然発生的な産物ではなく、社会的状況や歴史的文脈に絡めとられて、そのなかから生まれてきたものであると。  そうした言説に影響は受けましたが、芸術がすべて社会的なプロダクトであるという見方を僕は取りません。芸術は社会から影響を受けるし、逆に社会を変える力を持つこともある。つまり芸術は社会に対して常に受動的でもないし、完全に社会から切り離された能動的な営みでもないと考えています。その相互関係や重なり合い、あるいは重ならない部分を含めて、現代美術の流れを丁寧に見つめ直したいと思い、「芸術と社会」という軸を立てました。  とは言っても、「芸術の神秘性」は確かにあって、言葉や理論だけでは説明できない部分は残ります。その点は自覚的に認識しているつもりです。 ──本書では幾つかの点でいままでの通史と異なる現代美術史を提示しています。例えば手元にある『20世紀の美術』(美術出版社)はフォーヴィスムやキュビスムの画家から始まりますが、本書は前史としてアーツ・アンド・クラフツ、民藝、ダダ、大正期の前衛芸術集団マヴォという4つの芸術運動を置いていて、意表を突かれました。  19世紀後半にイギリスで始まったアーツ・アンド・クラフツと日本の民藝は共に手仕事の復権を目指した工芸の革新運動でした。民藝に注目したのはロンドンで指導教官だった菊池裕子先生(現・金沢美術工芸大教授)が民藝運動の創始者・柳宗悦の研究者だった影響もあると思います。日本ではかつて工芸と美術の境界はかなり曖昧でしたが、西洋美術が本格導入された明治期以後は完全に分離され、工芸は一段低い扱いを受けてきました。でも、「社会」というフィルターを通したとき、アーツ・アンド・クラフツと民芸の意義と影響は極めて大きい。  個人的にも美術と工芸は基本的に分離しない考えを取っており、自分のステートメントとしてふたつを冒頭に置きました。さらに、それぞれの美術側のカウンターパートを考え、西洋は「コミュニケーション創出装置」の側面を持つダダ、日本はマヴォを選びました。  本書にも引用しましたが、美術史家の北沢憲昭さんはマヴォを含む大正期の前衛芸術運動と民藝はいずれも急速な近代化に対する反応の側面があったと指摘しています。別の方法ではあったけれど、それぞれ近代に対する違和感をラディカルに表出したと言えます。  一口に通史といいますが、じつは研究者により様々な意見があり、そうした複数性を提示するのは学問の大事な役割だと思います。美術においても、西洋を中心とした規範的な美術史に異議を申し立て、非西洋や「周縁」とされてきたものの視点から書き直す挑戦が進んでいます。本書もそうした試みのひとつだと受け止めてもらえればと思います。 見えない存在を可視化するのが美術 ──「美術史を複数化する」意識を持って執筆したわけですね。本書では第一部の欧米編、第二部の日本編に続いて、第三部は戦後イギリスのブラック・アートや在日コリアンの美術を取り上げています。  これまで「傍流」とされてきたものを「正史」とぶつけたらどんなほころびが見えるのか。忘れられたり無視されたりしてきたけれど、実は大事なものをどう語り直すか。そうしたことに関心があります。在日コリアンの美術なら、「在日コリアンの美術史」として別個に扱うのではなく、日本美術と一緒にしたときにどのようなつながりが、もしくは不調和が浮かぶのか、見ていきたいと思います。  「正規の美術史ではない」という批判はあります。ただ、鶴見俊輔の『限界芸術論』(1967、勁草書房)をはじめ、芸術の概念を拡張する試みはいまに始まったわけではありませんし、本書も先行研究者の仕事に多くを負っています。  本書では「正史」からあまり顧みられなかった九州派や万博破壊共闘派、1969年に多摩美術大学の学生が結成した美術家共闘会議を織り込みました。ただ、地方の前衛芸術を十分紹介できなかったのは反省点です。紙幅の都合で新潟のGUNや静岡の雨土耕作などの興味深い運動も削除せざるを得ませんでした。その点は「大都市中心主義」と批判されても仕方ないと思います。  僕は86年生まれなので、前衛芸術が熱を帯びた時代をリアルに体験したわけではありません。プラスとマイナス、両面もあるでしょうが、距離がある分、定説にこだわらず、判断できた部分はあるかもしれません。 ──元々の出自は社会学ですが、研究対象に現代美術を選んだのはなぜですか。美術史や美学出身者と手法や意識に違いはありますか。  一橋大学社会学部に在学していた2009年ごろ、女性や子供の貧困問題が注目され始め、そうしたテーマに関するルポルタージュを何冊か読みました。そのときに気づいたのは、社会的問題は突然出現するのではなく、見えない状態で潜在的に存在し、まず弱者が危機にさらされることです。元々美術は好きでよく見ていて、目に見えない存在を見えるようにできるのが美術だと感じていました。社会には見えない問題が数多くあり、それを可視化するうえで美術は面白いアプローチではないかと考えるようになったんです。  具体的には2009年に東京都現代美術館で開かれたドイツの現代美術家、レベッカ・ホルンの個展が印象に残っています。当時は作品の背景や文脈はわかりませんでしたが、人間感覚をつかむビジュアルの強さが強烈で、美術に進むきっかけになりました。   最初はつくり手になりたいと思い、ロンドン芸大に留学してカレッジのひとつのセントラル・セント・マーチンズで実作を学びました。文化研究に本格的に取り組んだのは博士課程からで、いまも制作は続けています。手を動かしてつくり、それを基に考えるループが自分はしっくりくるんですね。  もし美術史出身と違いがあるなら、「美術」のレンズを通して社会の様相を浮かび上がらせようとする点かもしれません。自分の言説が社会に何を投げかけられるか、意識している面はありますね。論争を呼ぶと分かっていても自身の考えを提示して、反応があれば議論が深まっていいと考えています。 美術がレスポンスできること ──現在、世界を震撼させている新型コロナウイルスと美術についてお尋ねします。中世ヨーロッパを席巻したペスト禍は「死の舞踏」のモチーフを生んだとされます。20世紀以降も「スペインかぜ」「アジアかぜ」と呼ばれたインフルエンザのパンデミックやふたつの大戦が起き、近年は国内で自然災害が相次いでいます。こうした“大惨事”に対して美術はどう反応したか、文化研究や現代美術を総覧してきた観点から思うことがあればお聞かせください。  美術とは直接関係ありませんが、まず「スペインかぜ」の呼称がひっかかります。国名が冠せられたのは流行した第一次大戦時、中立国だったスペインは情報統制がなく、大きく報道されたからで、死者数がとくに多かったわけではないからです。今回、最初に感染が確認された中国・武漢をウイルス名に付ける動きが一時ありました。地名は避けるWHO(世界保健機関)が「COVID-19」と命名して収まったものの、浸透していたら欧米でのアジア人差別に拍車がかかったかもしれない。いま「スペインかぜ」と言っても実害はないでしょうが、正確でない名称を使い続けるのはどうかと個人的には思います。  その「スペインかぜ」は一説で5000万人もの人が亡くなり、ウィーン世紀末美術を代表するエゴン・シーレやフランスのシュルレアリスム詩人のギヨーム・アポリネールも犠牲になりました。目に見えない存在が恐ろしい速さで広がり、次々と命を奪っていく。その衝撃はダダやシュルレアリスム、アブストラクト・エクスプレッショニズムといった芸術潮流にも影響を与えたと言われますが、具体的にはよくわかりません。ただ、死生観や生への意識といった人々の「心性」に影響を及ぼしたのは確かだと思います。  戦争との関わりがよく指摘されるのはダダですね。第一次大戦中、永世中立国のスイス・チューリッヒで誕生したダダは、戦争を忌避してこの地に移ったアーティストたちによる「否定と破壊」の芸術運動でした。世界戦争による未曽有の破壊と荒廃に反発し、既存の秩序や価値観を転覆させたうえで再生しようとしたのです。ダダは明確に戦争反対をうたったわけではありませんが、「反戦」あるいは「厭戦」の意識は確かにあったと思います。  1923年に結成されたマヴォは同年の関東大震災後、代表的なプロジェクトを行いました。焼け野原に建てられた仮設建築に派手な装飾を描いて回る通称「バラック・プロジェクト」です。危機をある種の「チャンス」に転化し、新しい芸術をつくりだしていく。そうした動きも美術史から見て取れるし、「コロナ後」にもそうした可能性はあると考えています。  「制約を創造に変える」ことも美術が得意とすることです。例えば1960年に具体が大阪で開いた国際展「国際スカイフェスティバル」は輸送費節約のため、国内外の作家に出品作のスケッチを郵送してもらい、それを転写した垂れ幕をバルーンに取り付けて、凧のように大空を泳がせました。金銭的制約を斬新なアイデアに昇華させたのです。  カルチュラル・スタディーズに関する理論面では最近、共に思想家のアントニオ・グラムシとヴァルター・ベンヤミンの言葉を思い返しています。グラムシは「危機はまさしく古いものが死に、新しいものが生まれることができないという事実にある」「この中間的空白期にはさまざまな病的現象が現れる」と言っています。資本主義が機能しなくなり、かといってほかの選択肢もなく、他民族や罹患者への差別が横行し、人々がいら立ちを募らせている現状と重ならないでしょうか。  いっぽう、ベンヤミンは遺稿となった小論「歴史の概念について」のなかで「危機の瞬間をとらえる」という趣旨を述べています。現状に引き付けていうと、いまは八方ふさがりだけど、この状況はいつかは終わるでしょう。そのときまで社会の病理が噴出しているいまの危機的状況に目を凝らし、心に刻み付けておきたい。  いまは人間の「想像力」が試されていると強く感じます。身近な例を挙げると、大学が閉鎖されてオンライン授業が推奨されていますが、パソコンやネット環境がない学生は一定数おり、僕が務める東京藝術大学では、現在、学生のネット環境についてのアンケート調査が進められています。恐らくほかの大学も似たような状況ではないでしょうか。  コロナ関連情報の多くが日本語だけで発信されているのも気がかりです。国内に日本語がわからない人は相当いるはずで、そうした人々は取り残されてしまう。自分が「当たり前」と思い込んでいることがじつは「当たり前でない」と気づくのは想像力の力で、それは美術が強い領域です。そのため、想像力の「拡張」に関して、美術がレスポンスできることはあるのではないかと思います。 問われるシステムの変革 ──見通しが立たない現在、話しづらいと思いますが、「コロナ後」の美術はどうなると思いますか。『現代美術史』ではSEAやリレーショナル・アート、アート・プロジェクトなど交流や協働が前提の近年の動向に注目し、かなり紙幅を割いていますが、その傾向は変わるでしょうか。   短期的には恐らく影響があるでしょう。森美術館(東京・六本木)の「未来と芸術展」(すでに閉幕)で見られたような、AIやテクノロジーを使った作品が世界的潮流になっています。コロナのせいだけとは言いませんが、今後その傾向が強まり、人間同士のコミュニケーションを創出するアートが古びたものに見えてくる可能性はあります。もちろん、AIやテクノロジーを駆使した芸術が、必ずしもすべて人間のコミュニケーションや関係性を軽視しているとは思いませんが。  ただ、長期的には決してなくならないと思います。空間や経験の共有体験はオンラインでは代替できず、「自粛」期間中に改めてそう認識した人は多いのではないでしょうか。これからも人間同士のコミュニケーションや集合知の大切さに変わりはなく、コミュニケーションを促す装置としてのアートは必要とされ続けると思いますね。  短期的には制作方法の変化も出てくると思います。先日、映画『カメラを止めるな!』のスタッフが完全リモートで短編映画をつくるというニュースがありました。アートも個々につくったものを組み合わせたり、編集したりといったリモート制作が行われ、コロナ収束後も定着するかも入れません。オンラインのなかでいかに意義あるコミュニケーションを生み出せるか、新しいクリエイティビティを打ち出せるか、創造性が問われている気がします。  限りある資金や知恵を共有し、サバイブする手段としてコレクティブ(グループ)で活動する作家が増えることも考えられます。リモートなら国籍・場所を問わず、地球の裏側ともつながれるので、よりトランスナショナル(国を超えた)な動きが生まれる可能性があります。  現在、展覧会の中止・延期を余儀なくされた美術館がオンラインで会場や作品を紹介する動きが広がっています。視聴者との双方向性を取り入れるなど、オンラインならではの仕組みを強化しておけば、将来的に役立つかもしれません。  中長期的に考えると「システム」の変革が問われる気がします。現代美術は「動き続ける」ことを生存の要件とする資本主義に紐づいているわけですが、その動力が止まったり衰えたりすれば、必然的にアート市場や美術館、展覧会などの仕組みも変わっていくでしょう。無論、すべてが変わるべきだとは思いませんが、問題や矛盾が指摘されている制度が見直されるきっかけにはなると思います。

聞き手=永田晶子(美術ライター)

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