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山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.25「大ピンチから一転、歓喜の初優勝へ!」

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WEBヤングマシン

地獄から天国の激しすぎる2004年

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、かつてのタイヤ開発やレース業界について回想します。MotoGPクラス参戦3年目の2004年、走行中にタイヤが壊れるという重大トラブルが発生。しかしブリヂストンは、なんとかこの局面を乗り切ります。 【写真×5】ヤマハ公式「ペトロナス ヤマハ セパンレーシングチーム」レプリカ版YZF-R1が登場! TEXT:Toru TAMIYA

「僕はブリヂストンを信じるので、レースを走ります」

2004年6月第1週にムジェロサーキットで開催された第4戦イタリアGPで、カワサキ・レーシングチームから参戦していた中野真矢選手が装着していたブリヂストンのリヤタイヤが300km/hの速度域で壊れ、中野選手が大クラッシュしてからわずか4日後。私はスペインのカタルニアサーキットで、翌日から走行がスタートするカタルニアGPの準備を進めていた各サポートチームを訪ねて、ブリヂストンが前戦で発生した重大トラブルに関してどのような対策を施してきたのか説明を続けていました。前戦でのクラッシュ後、中野選手はすぐに病院へ運ばれ、私は翌日に一度日本へ帰国したので、顔を合わせることができたのはこのタイミングが最初でした。

最初に中野選手と会ったときに、私は前戦のトラブルについて直接謝罪しました。中野選手にとっては、あれほどの激しくクラッシュした5日後には再びマシンに乗らなければならない状況。全身打撲を負ったとはいえシリアスなケガがなかったから参戦が可能だったわけですが、普通に考えれば精神的にも肉体的にも相当キツかったと思います。通常の転倒なら多少は意識も違うでしょうが、タイヤが壊れた結果の大転倒だったわけですから……。 どのように謝罪の言葉を述べたのか不思議なほど記憶がないのですが、ひとつだけ心に深く残っているのは、私が中野選手をはじめとするチームスタッフに対策を練った新しいタイヤの状況を説明した後に、中野選手は「僕はブリヂストンを信じるので、レースを走ります」と言ってくれたこと。その言葉に、私は涙がこぼれそうになったのです。

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