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羽生善治九段50歳に “元祖天才”が3年前に語っていた「藤井聡太さんの弱点が見えない」

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文春オンライン

 羽生善治九段は、9月27日に50歳の誕生日を迎えた。22日には王将戦挑戦者決定リーグの開幕戦で藤井聡太二冠(18)と対戦し、羽生九段が公式戦で初勝利を収めた。その前週、羽生九段は竜王戦挑戦者決定三番勝負の第3局で丸山忠久九段(50)を破り、前人未到のタイトル通算100期をかけて、10月開幕の七番勝負で豊島将之竜王(30)に挑む。 【写真】敗れた藤井聡太二冠と、羽生善治九段の“まなざし” 「すごい人が現れたな、と思います」。3年前、詰め襟の学生服を着た14歳の少年を目の前に、棋界に君臨する羽生三冠(当時)はそう語った。史上最年少でプロ棋士になると、デビューから29連勝という新記録を達成、一躍、時の人となった若き天才・藤井四段(当時)を、元祖天才はどう見ていたのか。「文藝春秋」2017年8月号掲載のロングインタビューの一部を特別に公開する。※肩書・段位・年齢などは当時のもの。 取材・文=北野新太(報知新聞記者) ◆ ◆ ◆

「すごい人が現れたな、と思います」

 終局後の羽生善治には、3つの顔がある。勝って険しい顔をする羽生。敗れて穏やかな顔をする羽生。稀なのは、敗れて険しい顔をする羽生である。  あの時、彼は敗れて険しい顔をしていた。屈辱を直視し、雪辱への闘志を早くも燃やし始めたような表情を浮かべていた。そして言った。 「すごい人が現れたな、と思います」  詰め襟の学生服を着た14歳の少年を目の前にして言ったのである。  将棋の史上最年少棋士・藤井聡太四段が公式戦29連勝して、歴代新記録を樹立した。列島を狂騒に巻き込み、新聞を開けば、テレビを点ければ、ネットにアクセスすれば藤井が現れる。将棋の棋士に対する熱狂としては、1995年度に羽生が七冠制覇を成し遂げた時以来だろう。  昨年10月、藤井は養成機関「奨励会」を突破し、棋士になった。1954年に加藤一二三(ひふみ)現九段が樹立した最年少記録(14歳7カ月)を62年ぶりに塗り替える14歳2カ月での四段(棋士)昇段だった。そして12月、今や史上最年長棋士となっていた加藤とのデビュー戦を勝利で飾り、連勝街道を走り始める。  11連勝してデビュー後連勝の新記録を打ち立てると、疾走は加速する。半年間にわたって勝ち続け、87年度に神谷広志現八段が樹立し、長らく「不滅」と言われた記録を30年ぶりに超えてしまったのである。  白星をひとつ積み上げる度、報道は過熱していった。発火点となったのは、4月23日にインターネットテレビ局「AbemaTV」で放送(実際に対局したのは2月)された非公式戦「藤井聡太四段 炎の七番勝負」の最終局で羽生善治三冠に勝利したことだろう。棋界で唯一、国民が共有する尺度と言える羽生を破ることで、藤井の存在は将棋界の壁を越えていった。

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