56年ぶり復活の日本ヘビー級王者の前途
劇的なKO勝利!
後楽園ホールの控え室に戻ると報道陣が溢れていた。 それを見た日本ヘビー級新チャンピオンのテンションは最高潮に達した。 「これを待ってたんです。この報道陣を。テレビにも出たいっす。今日は、喋りまくりますよ、さあ何でも聞いて下さい!」 藤本京太郎の100.5キロの肉体は玉のような汗で輝いていた。 56年ぶりに復活した日本ヘビー級タイトルの王座決定戦。 京太郎は、元K―1王者から転身した異色の27歳のボクサーで、一方のオケロ・ピーターは、ウガンダ出身だが、来日して17年。名古屋の緑ジムに所属し東洋太平洋のヘビーのベルトを9度防衛、2006年にはモスクワでWBC世界ヘビー級王座に挑戦した経験もある41歳のベテランである。 「なんでウガンダ人と日本タイトルを?」と、京太郎も言っていたが、日本ジム所属選手は、日本タイトル挑戦権を持っているのだから、ルール上はおかしくはない。選手がいないため冬眠していた日本タイトルの復活は、京太郎ありきであった側面は否めないが、復活させる以上、それにふさわしい技術と経験を持った2人でなければならなかったである。 試合は、最初、京太郎が、ジャブやボディストレートを打ちながら足を使って動き、ピーターも、それに左で応戦するという静かで退屈なヘビー級戦となった。筆者は独自採点をしようと試みたが、どちらの有効打もヒットしないから、10‐10として付けられないのである(実際のジャッジでは、10―9と採点されていた)。 ヘビー級の迫力はまったく感じられぬ展開が続いたのだが、実はピーターは右肩を痛めていて左手一本しか出せない状態だった。しかも、10日ほど前に同ジムの竹原虎辰とのスパーリングで倒されて、そのダメージが抜けずに残っていた。 それゆえピーターも無理に詰めるようなボクシングができなかった。 その“静かで退屈なヘビー級戦”が6ラウンドになって動く。京太郎が勇気を持って仕掛け、崩れたところに放った右が、見事にピーターの顔面をとらえた。体重では京太郎より10キロも勝る褐色の巨体が膝から崩れ落ちたのだ。カウント10を聞かずに起き上がったが、京太郎は、ラッシュ、また右が直撃してピーターは、ひっくり返った。後楽園ホールが、揺れるような大歓声に包まれた。劇的KO勝利! 「まさか。絶対に入ってこれないと思っていた。油断もあった。京太郎君は、さすがだ。よくボクシングを作っていた。長年見ているけれど、ピーターのあんなダウンは初めてみた。やはり年齢で脆くなったのか」 飯田覚士、戸高秀樹らを育てた名古屋の世界チャンピオンメーカー、松尾会長は、そう言って新チャンプを讃えた。ピーターは「勝っても負けてもこれがボクサーとしてラストファイトのつもりだった」と、引退を示唆した。