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城南電機・宮路社長でおなじみ 熱気あふれた「平成ディスカウント戦争」を振り返る

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アーバン ライフ メトロ

ディスカウントストアといっても種類さまざま

 新型コロナウイルスの影響で、外出自粛が求められた2020年春。食糧や生活必需品の買い出しも、感染を防ぐため週に一度など、まとめて行われました。 【画像】「日本一の安売り王」こと、城南電機・宮路年雄社長の著作の数々をチェックする  感染の第2波を防ぐための「新しい生活様式」において、このような生活スタイルは今後も続くでしょう。  ところで現在、プライベートブランド(独自のブランド商品)を充実させているスーパーマーケットが増えているため、「肉のハナマサ」を始めとする業務用スーパーマーケットや会員制卸売りのコストコなどを見ていると、スーパーマーケットとディスカウントストアの明確な区分けがいまいちわかりにくい状況です。  そうしたディスカウントストアがいつ頃から発生したのか。そのはじまりは明確ではありません。  というのも、一口にディスカウントストアといっても、 ・大量に仕入れて安く売るタイプの店舗 ・正規ではないルートを使って売れ残りや在庫処分品を仕入れて安く売る店舗 という、大きくふたつのカテゴリーにわけられるからです。  後者はいわゆる「バッタ屋」で、正式には「ディスカウントハウス」と呼ばれます。  さらに、同じ機能の商品を一般チェーンストアの半額以下で販売する激安店は「ディープディスカウントストア」と呼ばれ、コストコのようなウェアハウスクラブ(またはホールセールクラブ)は、こちらに分類されます。  いずれにしても、安く仕入れたものを安く売るというのは商売の基本ですから、どれが始まりかは断言できません。ただ、歴史の長いディスカウントストアが存在するのは事実です。

上野に立つ紫色ビルの老舗

 歴史の長いディスカウントストアとしてもっとも知られるのは、上野のアメ横商店街近くに店舗を構える多慶屋(たけや。台東区台東)でしょう。東京では「あの紫色のビル」と呼ばれる老舗です。  もともとは、1951(昭和26)年に質屋として開業。その後、質流れ品などの販売に始まり、貴金属や電化製品などへ取扱品目を広げていきました。  創業者は戦争中に衛生兵で、特に多くの戦友の死を目の当たりにした経験をしたことから、復員後に社会への恩返しとして、「より良い商品をより安く」に徹する経営を行ってきたといいます。  貴金属を売っているかと思えば、生鮮食品も売っているという取り扱いジャンルの手広い店ですが、ずっと前からあるような気がするスーパーマーケット部門は2007(平成19)年設置と意外に新しいのです。  ディスカウントストアにも関わらず、商品の一部をクレジットカード決済可としているなど、柔軟な経営方針を採っているのが生き残ってきた理由と言えるでしょう。

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