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青山敏弘と森保一が語る最強の広島。現在も息づくサンフレッチェの伝統。

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 どれだけ強かったかは、数字を見ればよく分かる。  2015年シーズンを制したサンフレッチェ広島。森保一監督体制4年目となったこの年、年間勝ち点74はJ歴代1位タイで、73得点30失点はいずれもこのシーズンにおいてトップの数字であった。何と得失点差は+43。続いて多い浦和レッズを14点も引き離している。 【秘蔵写真】ヤンチャそうな藤枝東の長谷部、韮崎の中田英、桐光・俊輔、イケメン市船・増嶋&北嶋、半端ない大迫、平山、乾……高校サッカー伝説の45人!  ピッチ上でチームを取り仕切ったのが、キャプテンの青山敏弘である。中と思わせて外、外と思わせて中。攻では緩急をつけたパスを散らしながら、守では泥臭く体をぶつけながら、駆け引き上手の先頭に立っていた。  欠場したのは累積警告による1試合のみで、33試合中32試合で90分間フルに戦っている。リーグMVPにも輝いた。こう記すと1年通しての充実があったと思われがちだ。しかし内実は、いや本人の感触はまったく違っていた。  思ったように走れない、蹴れない。周囲には分かりにくい微妙な差なのかもしれないが、本調子に届いていないもどかしさはシーズン後半に入るまで続いていた。

自分が悪くても、チームが良ければ。

 人一番、責任感が強く、試合に懸ける思いが強く、森保いわく「それを溜め込んでしまうタイプ」。  それまでの青山なら本調子に戻っていかないことを悩み、己を責めてもおかしくない。  だがそうはならなかった。責任感の虫が多少動いたとしても、溜め込むまでにはなっていない。もどかしくとも、自分を抑えられた。それがシーズン終盤に入っての猛チャージを呼び込んだとも言える。  青山はこう振り返る。 「あのシーズンは、チームとして強かったので、たとえ自分(の状態)が良くなくてもチームとして良ければ、何の問題もないなって思っていました。歯車の1つとして働きたかったし、むしろそれが何より大事だ、と。チームのなかで自分の強みが出せるという場面も“いつかは来るだろう”くらいの気持ちでしたね」

佐藤寿人たちに吐露した胸の内。

 歯車の1つ、という発想。  最低限のことを最大限に――。攻から守の切り替えでは、空いたスペースに懸命に戻り、球際の競り合いでは激しくファイトする。当たり前のことを、当たり前以上にやる。 「自分が中心でゲームをつくる。ゲームを動かす」という責任に真正面から向き合うと物足りなさを感じてしまうのかもしれない。今の自分がやれることを客観視しながら、“いつかは来るだろう”の感覚で引っ張ったことが、結果的にはチームをうまく回していくことにつながった。  何故、このような発想を持つことができたのか。  いくつかあるきっかけの1つに、春先のキャンプにおいて前キャプテンの佐藤寿人ら年長者と、水本裕貴ら青山と同世代の数人とで話し合いを持ったことがあった。チームの現状を確認していくなかで、キャプテンを担う青山の思いを聞く場にもなったという。 「自分はあんまり(思っていることを)表に出さないタイプ。そこで初めてというか、思いを吐き出したところはありました。今振り返ってみると、あの場が自分には大きかったような気がします。でも多分、あれは森保さんがやれって動いたんじゃないかなとは思っていますけど。  森保さんは常にチームを把握していましたし、自分たちのことをずっと見てくれている。どうやったらうまくいくかっていうのを考えているし、その思いも伝わってくるんですよね」

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