神戸新聞社「6つの提言」から10年 「攻めの防災」現状と課題 阪神・淡路の教訓は生かされているか
神戸新聞社が阪神・淡路大震災の教訓と経験を次世代と国内外に発信する「6つの提言」を発表してから間もなく10年となる。災害への備えを「守り」と捉えず、社会の在り方を見直し、暮らし方、生き方を創造する「攻め」の防災を目指す。提言の実現に向けた現状と課題を検証する。 【写真】1・17直後、被災者の肉声テープ発見 当時のラジオ中継、取材リポーター「伝えなければ」 ■市民主体の復興の仕組みを確立する 支え合う仕組みを再構築へ 阪神・淡路大震災後の1年間で被災地で活動したボランティアは延べ約137万人に上り、1995年は「ボランティア元年」と呼ばれた。98年には社会貢献活動をする団体に法人格を与える特定非営利活動促進法(NPO法)が成立し、2001年には一定の実績があるNPO法人に税制優遇する認定制度ができた。 東日本大震災後の13年には災害対策基本法に国や自治体とボランティアの連携が明記された。市民活動の社会的意義を共有し課題解決に生かす制度づくりは進んだが、実態はどうか。 NPO法人数は17年度の5万1866をピークに減少傾向にある。全国で7万以上の法人が設立される一方、解散した法人も2万を超える。24年10月末の兵庫県内の法人数は2088で全国6番目、解散数は累計で1200を超えた。 政府が25年度に災害ボランティア支援団体の事前登録制創設の方針を示すなど市民活動の自由と多様性が問われる議論も始まる。 景気低迷や少子高齢化で30年前に比べ社会全体が余裕を失っている。市民と専門家、行政、企業などが連携し、支え合う仕組みを築き直す必要がある。(勝沼直子) ■防災省の創設を 地方の声に応じ準備室発足 石破茂首相の看板政策の一つである「防災庁」の設置に向けた準備室が、11月に発足した。2026年度の創設を目指し、将来的には省への格上げも検討するという。発足式で石破首相は「人命最優先の防災立国を早急に構築することが求められている」と述べた。 防災を専門とする省庁の設置は、全国知事会や関西広域連合などが強く求めてきた。神戸新聞社も15年に提言した。だが政府は内閣府などが調整する現行体制が機能するとして、設置には否定的だった。 南海トラフ巨大地震や首都直下地震への懸念が高まる中、政府がようやく地方の声に応じたと言える。 国の防災行政は複数の省庁にまたがる。司令塔組織の新設で期待されるのは、縦割り行政による弊害の改善だ。専門性の高い職員を育て、各省庁や自治体と連携しながら事前防災を進めることが使命となる。 政府は避難生活環境の整備や防災デジタルトランスフォーメーション(DX)に着手するとしている。 南海トラフ地震は30年以内に70~80%の確率で発生するとされる。「国難級」とされる広域災害を前に、国の体制強化は待ったなしである。(松岡 健) ■「防災」を必修科目に 教員任せ、県内にも温度差 学校現場で防災教育が行われるようになった「起点」は、阪神・淡路大震災である。兵庫県や神戸市の教育委員会は、自分の命を守ることや助け合いの大切さ、人と自然のあり方について考えることを防災教育の柱に据え、授業に使う副読本の改訂を重ねてきた。 全国初の防災を学ぶ専門科として2002年に県立舞子高校に開設された環境防災科は、先進地・兵庫の象徴的な存在だ。これまでに758人が巣立ち、消防士や警察官、教員、研究者などとして活躍している。災害への備えを地域住民に伝える活動に取り組む卒業生も多い。 自然災害が激甚化する中、防災教育の重要性は一層高まっている。しかし、神戸新聞社が提言した必修科目への道筋はいまだ見えていない。新学習指導要領には各教科に防災の要素が盛り込まれたが、教員の「熱心さ」に任され、兵庫県内でも学校によって温度差があるのが現状だ。 「ノウハウがない」「時間が取れない」といった課題は全国共通だ。指導方法の研究・普及など教える側への支援を充実させることが求められる。必修化には地域やNPOなどとの連携も鍵となる。(小林由佳) ■住宅の耐震改修義務化を 高齢世帯の費用負担軽減を 阪神・淡路大震災では約25万棟が全半壊し、直接死した人の大半が倒壊家屋の下敷きとなった。住宅の耐震化は震災で学んだ最大の教訓だったはずだが、今年1月に起きた能登半島地震でも約3万棟が全半壊し、「圧死」の被害が出た。 震災後、国は耐震改修促進法の改正を重ね、病院や学校など公共性の高い建物について耐震診断と結果の公表を義務づけた。しかし個人所有の住宅は自発性に委ねられ、耐震化が進まない要因となっている。 特に被害を大きくしたのが、1981年5月以前の「旧耐震基準」で建てられた住宅だ。 国は2030年までに耐震化率をおおむね100%にする目標を掲げるが、18年時点で87%と達成は厳しい。兵庫県の住宅耐震化率は90・1%と全国平均は上回るものの、約22万9千戸が耐震不足だ。高齢化率が高い但馬や西播磨では80%前後にとどまる。 旧耐震住宅は高齢の家主が多く、費用の自己負担もネックとなり改修は先送りされがちだ。自助努力を前提とする現行制度の限界は明らかで、迫る巨大地震から命を守るためにも、改修義務化の議論を広げなければならない。(長沼隆之) ■地域経済を支える多彩なメニューを 経営資源の継承へ対策必要 約30年前の阪神・淡路大震災では、被災事業所の再建は自助努力に委ねられ、公的支援は融資や仮設工場などに限られた。経営破綻が多発して雇用や地域のにぎわいは失われ、復興に大きな影響を与えた。 その反省から、2011年の東日本大震災やその後の大規模災害では、再建計画を策定した企業グループに国や自治体が公費で再建を支援する「グループ補助金」などが設けられた。 だが大半の被災地では今も地域経済の苦境が続く。海外との競合や「失われた30年」とされる長期不況など、日本経済全体の大きなうねりにはあらがえない。 中でも人口減と少子高齢化は深刻さを増す。帝国データバンクの全国27万社調査では、後継者が不在か未定の企業は52%に達した。兵庫県は48%だが、東日本大震災で被災した岩手、宮城は全国の数字を上回る。このままでは約半数が消え、雇用や技術が失われる。 被災時の生産代替策の確保など事業継続計画(BCP)を各企業が練るとともに、経営資源が地域内で円滑に継承される枠組みも強化したい。災害復旧に資するだけでなく、平時の地域経済の足腰も強くするはずだ。(藤井洋一) ■BOSAIの知恵を世界と共有しよう 途上国や紛争地の支援重要 阪神・淡路大震災の教訓を世界に伝える取り組みは国際協力機構(JICA)や兵庫の民間団体が継続し、「BOSAI」の言葉とともに定着しつつある。2005年に神戸で開かれた国連防災世界会議で採択された「兵庫行動枠組」、15年の「仙台防災枠組」を踏まえ、日本は途上国の事前防災投資を支援してきた。 神戸市中央区のJICA関西内の国際防災研修センター(DRLC)は130カ国から延べ約4千人を受け入れ、行政や医療、教育分野で防災を担う人材を育成してきた。帰国後のフォローアップも続ける。 新型コロナウイルス禍でオンライン研修に切り替えた時期もあったが、対面での研修が戻り、各国の防災人脈のネットワークがさらに広がりつつある。 一方で、近年はウクライナやパレスチナ自治区ガザでの戦闘が暗い影を落とし、関係国からのDRLCへの参加は途絶えている。 BOSAIを伝える活動は国際協調が基本であり、平和が不可欠だ。JICA関西の木村出(いづる)所長は「民間と協力して難民や復興を支援する活動に力を入れながら、地道に教訓を伝えていく必要がある」と話す。(田中伸明)