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木村カエラのアーティスト活動と私生活は自然につながっているーー日記エッセイ『NIKKI』が綴る愛おしい日々

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リアルサウンド

 人気アーティストが日記形式のエッセイを発表することはよくあるが、これほどまでに自然体で、こんなにも赤裸々で、でも、まったく押し付けがましいところがない作品は初めて出会った気がする。この本はまちがいなく、ファン以外の読者にとっても十分に魅力的だろう。 【画像】『いちご』(初回限定版)ジャケット ■創作やライブと日々のあれこれが自然につながっている  木村カエラの“初の日記形式エッセイ”『NIKKI』(宝島社)。2019年1月から2020年3月までの日常を綴った本作は、「嘘が大嫌い」な彼女が「変化していく自然な自分を、みんなに見てもらいたかったのかもしれない」という動機で書き始められた。本書の「はじめに」で自ら記しているように、「奇抜な髪型にメイク、私だけが着れると信じて選んだスタイリング。POPな世界観と、EDGEの効いた世界観のループ。」によって、00年代の音楽シーンを代表するシンガーとなった木村カエラ。独創的なファッション性、オルタナティブロックやエレクトロなどを取り入れた音楽性は、ファンはもちろん、多くのアーティストからもリスペクトされている。  作品ごとにビジュアル、アートワークを作り込むタイプのアーティストであることは、同時に素の表情が伝わりづらいという側面もある。本作『NIKKI』で日常をあからさまに描くことは、アーティストとしてのパブリックイメージを考えると、大きな賭けだったかもしれないが、すっぴんで写ってるカバー写真が示す通り、“自分自身をさらけ出す”ということ自体が、いまの彼女にとって最高の表現だったのだろう。  2019年は、メジャーデビュー15周年のアニバーサリーイヤーだった。オリジナルアルバム『いちご』のリリース、デビュー日の6月23日に開催された日比谷野外音楽堂でのワンマンライブ、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』、『SUMMER SONIC』などの大型フェスへの出演、そして怒涛のプロモーションなど、多忙な日々が続いた。楽曲制作、ライブのリハなどの様子も興味深いが、『NIKKI』の軸はアーティスト活動の裏側を伝えることではなく、家族とのエピソードだ。二人の子供、夫(瑛太くん)との日常は--どんな家族もそうであるように--とてつもなく忙しい。日々の食事、お風呂、寝かしつけ、学校の行事(参観日、父母会から交通安全係の横断歩道の旗振りまで)。小さい子供なので、言うことを聞かないこともあるし、体調を崩したりケガすることもあるし、成長を目の当たりにして泣きそうになることもある。人気アーティストと人気俳優のカップルなので、“ここはセレブっぽいな”と思う箇所もあるにはあるが、ほとんどすべてが多くの人が共感できるはずの日常が綴られているのだ。  15周年の忙しい時期なので、やることは山積み。夫が仕事で地方に行っているときなどは、必然的にワンオペ育児になる。当然、体調がよくないときもあるし、ライブやレコーディングの前は緊張のあまり、いろんなことが上手くいかなくなる。やらなきゃいけないことあるんだけど……と思いながら、身体と気持ちがついていかなくて寝てしまうことも(寝落ちした翌朝、瑛太くんに「また携帯リビングに置いたまま寝てたね」と言われた。」という一節がある)。たまには本を読んで、自分と対話しようと思ったら、「遊びから帰ってきたお兄ちゃんがザリガリを6匹とタニシ5匹持って帰ってきた……。」というつい笑ってしまう(実際に起きたら笑えないかもしれない)くだりなど、特に子供を持ち、仕事もがんばっている人たちには、“わかる!”というエピソードばかりだ。  読み進めていくうちに感じるのは、アーティスト活動と私生活を切り離しているのではなく、創作やライブと日々のあれこれが自然につながっていること。家族との会話、気持ちのやりとりが歌詞や歌につながり、木村カエラの表現に結びついていく。日常とクリエイティブの自然な結びつきこそが、いまの彼女の源泉なのだとこの本は教えてくれている。  もう一つ記しておきたいのは、シンプルで心地よい文体。どんなにシリアスな出来事であっても、どこかほのぼのとしたリズムと語感の柔らかさを備えた文章によって、読み手のなかにスッと溶け込んでいくような感覚があるのだ。大袈裟な表現はまったくなく、ドラマティックに盛ることなく、日常の体温をそのまま伝える文章のセンスはおそらく、作詞やボーカルの表現のなかで培われたものだろう。  この本に記されている最後の日記は、コロナウイルスの感染拡大防止のため、学校が休みになった3月8日。「スケジュールが空っぽになった」彼女と子供たちは、雨のなか散歩に行く。レインコートを着て走り回る子供たち。その後はごはんを作り、食べさせ、家のなかで忙しく動き回る。多くの人が経験していることだが、彼女の素朴で真っ直ぐな文章を読むと、「みんなそうだよな」と何だか少し前向きな気分になる。様々な現実にぶつかり、こんがらがりながらも、決してポジティブな気持ちを失わない姿勢も『NIKKI』(と木村カエラ自身)の魅力。先が見えない世界のなかで、日々の大切さ、近くにいる人たちとのつながりを思い起こさせてくれる力が、この本には確かにある。

森朋之

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