運転の邪魔をする? 「電動パワステ」は何がダメなのか
「フィール」がないとどうなる?
さて、ではこれが自動車のステアリングだとどういうことになるのだろうか? 包丁の例を思い出して欲しい。タイヤが今どんな仕事をしているかが、ステアリングに伝わって来て欲しいのだ。フィールは人間が制御するための重要な判断因子だからだ。 ではステアリングにはどういうフィールがあるべきか、それはタイヤの仕事量にリニアに反応する手応えの変化ということになるはすだ。直進時、タイヤはほとんど仕事をしていないので、ステアリングは軽くなくてはいけない。脱力しているのが正しい。そこから舵を当てて行くに従ってタイヤの仕事量は多くなるので、その分、徐々にハンドルが重くなって行く。これは大根の太いところを切っている時と同じだ。 ところがタイヤは舵角を大きくすればどこまでも仕事量が増えていくかと言うとそうではなく、グリップ限界に近づくと効率が落ち始め、やがて完全に滑って仕事をしなくなる。だからステアリングの手応えもそれに応じて減って行く。サーキットなどで、タイヤの仕事量の限界を探るという作業は、増加して行った手応えが頭打ちになり、軽くなり始めることを反力で検知してピーク付近の舵角を維持する操作をするということだ。 もちろん原則外の話もあって、「このコーナーは何キロでどのラインを通れば抜けられる」という経験則だけを頼りにフィールなど何も返して来ないクルマで最速ラップを叩き出すことはできる。ただし、テストドライバーがこういうことをして作ったクルマは、分かり切ったテストコースでは速いが、現実の路上で運転に必要な情報のやりとりができない。
経験則の外に出たとき、例えば法定速度以下でグリップに絶対の余裕があるはずのブラインドコーナーに気楽に入ったとしよう。そこで自転車が飛び出して避けなくてはならないとか、そういう緊急事態が起きた時、ドライバーはタイヤの手応えを頼りにクルマに残っている機動性の内側で操作をするのだが、フィールがなければそれができない。情報がやりとりできずタイヤの限界を越えればクルマはコントロール不能になる。 筆者が以前、自動車雑誌の編集部にいた頃、某社のクルマのインプレッションでこの点に言及した同僚編集部員の原稿がメーカーの怒りを買い、書いた当人がメーカーに呼び出されたことがある。彼はそこで数時間にわたってテストドライブの方法が間違っていると演説し、結果、そのメーカーはテストコースに毎日場所を変えて障害物を置いたり、対向車を導入したりするテスト方法に改めた。分かり切ったコースを速く走れる絶対能力とフィールは別物だということだけは、まず理解して欲しい。 さて、ではこのフィールは何によってもたらされているのか? それはクルマ全体の剛性である。基本としてシャシー全体の剛性がある。タイヤの保持剛性が低ければ「たけひごの柄」と同じになる。しかしステアリング系統にも剛性を左右する部品はたくさんある。タイヤ、ホイル、ハブ、ブッシュ、アーム、アームの取り付け部、ステアリング・タイロッド、ステアリングラック、ステアリングラックのマウント部、ステアリング・シャフト、ステアリングコラム支持部、ステアリング。これだけの部品が人間の手と路面の間に介在していて、そのどこの剛性が低くてもフィールは逃げてしまう。 なので、本当にフィールの良いクルマを作ろうと思えば、これらの一つひとつの設計を丁寧にしていくしかない。とても大変でコストがかかり、また重量も重くなりがちだ。さらに話がややこしいのは、全てをフィードバックすればいいというものではないということだ。タイヤには路面から衝撃や振動も加わる。長時間安全に運転を続けるにはこうした衝撃や振動はドライバーの疲労を招く。かつてパワステが一般的でなかった時代には、タイヤからの入力がステアリングに突然強く逆流し、ステアリングに弾かれて指の骨を折ることさえあった。だからこそ前述したように「良いしなり」で、こうした不要なキックバックを排除しなくてはならないのだ。