愛子さまと馬とオマーンの王女(上)
馬はアラブの文化を象徴する崇高な存在で、純血種を贈ることは友情と敬意の最高の表現だそうです。27年前に中東オマーンの国王から贈られた「アハージージュ」は、そうした思いをまとってやってきた特別な馬でした。愛子さまが会いに行かれた愛馬の「豊歓(とよよし)」はその子どもです。優しい眼差しの愛子さまに、ご一家が「友情の印」を大切にされてきたことを思いました。(日本テレビ客員解説委員 井上茂男) ※動画は、『豊歓』に会うために皇居を訪問された愛子さま(5月6日 皇居・半蔵門) 【皇室コラム】「皇室 その時そこにエピソードが」第8回 <愛子さまと馬とオマーンの王女(上)>
■高齢の愛馬にお別れをした愛子さま
5月6日午前10時過ぎ。愛子さまは短く切ったボブヘアを揺らしながら、優しい眼差しで手を振って皇居に入られました。訪ねたのは宮内庁車馬(しゃば)課の厩舎(きゅうしゃ)で飼われているアラブ種の馬「豊歓(とよよし)」です。人間なら80歳の高齢になり、余生を送る御料牧場(栃木県高根沢町)に移される前に、お別れをされるためでした。皇后さまもご養蚕の行事を終えて同行されました。 4月に江戸城の石垣の遺構を視察した時も、ご一家3人で豊歓に会われています。それでも愛子さまと皇后さまは「お別れの挨拶を」と希望し、お二人で足を運ばれたのです。豊歓の顔をなでたり、ニンジンをあげたりして1時間ほど一緒に過ごされました。厩舎を離れる際は何度も後ろを振り返られていたそうです。
■国王から突然に贈られたアラブ純血種
オマーンはアラビア半島の南東端にあり、約450万人が暮らしています。首都はマスカット。飛び地がホルムズ海峡に面する熱砂の国です。両陛下が訪問されたのは1994(平成6)年11月です。馴染みの薄い国ですが、「アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)」に登場する船乗りシンドバッドの国と聞くと親近感がわいてきます。皇室が訪ねたことのない国で、お二人にとって結婚されて最初の海外訪問でした。それは湾岸戦争などで2度延期され、オマーンも首を長くして待った交流でした。 訪問2日目。お二人は砂漠のテントにカブース前国王を訪ね、会見や昼食会の後、伝統的な馬やラクダの演技をご覧になりました。夕日が砂漠をオレンジ色に染めていくなか、馬たちが整列し、赤い絨毯(じゅうたん)と銀の装身具で飾られた栗毛の馬が連れて来られました。落ち着かない様子の馬に国王は砂糖菓子を与え、天皇陛下にプレゼントすることを突然に告げたのです。それが「歓(よろこ)びの歌」という意味のアハージージュです。アラブ純血種の牝馬。「白斑三肢(はくはんさんし)」と呼ばれる、足の3本の下部が白い珍重される馬でした。 あわてたのは随員たちです。当時の新聞は「同行した宮内庁関係者らは『どうやって運べば……』と、呆然とした様子。とりあえず日本に戻り、それから“処遇”を考えることにするという」(毎日新聞)と伝えていますから、運搬や検疫などの課題に随員たちは困惑したのです。日本にやって来たのは半年後の1995(平成7)年5月です。オマーン側の英国人獣医らに付き添われ、レバノン航空機で成田空港に到着しました。両陛下が再会されたのは7月。再会まで実に8か月もかかりました。 JICA(国際協力機構)の専門家としてオマーン商工省顧問を務めた遠藤晴男氏の著書『オマーン見聞録』(展望社)を読んで、馬はアラブ文化を象徴する崇高な存在で、特別な贈り物であることを知りました。前国王は伝統的な馬の飼育や、血統の維持に熱心でした。「純血アラブ馬を贈答することは相手に対する友情と敬意の最高の表現とされている。それも名馬が贈られたのである」。遠藤氏は力を込めています。