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「水曜日のダウンタウン」で注目 青ヶ島の人たちの選挙権が剥奪されていた理由

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デイリー新潮

島から出たことがない仙人

 人気バラエティ番組「水曜日のダウンタウン」(TBS系)には、伝説的に語り継がれる回がいくつもある。「島から一歩も出たことない人」を探した回はその代表格だろう。これだけ交通機関が発達した現代において、いかに離島の島民だろうと、ある程度の年齢になれば一度くらいは島外に出向いたことがあるはず……そんな視聴者の予想を覆したのが、番組スタッフが東京都・青ヶ島で遭遇した“仙人”である。 【都知事選・ごとうてるき候補】異常すぎる「政見放送」は史上2例目の大事件だった  地元の人の情報をもとに、スタッフは男性のもとを訪ねる。が、目の前に現れた白髪で白い髭を長く伸ばした高齢男性は、スタッフに対して強い警戒心を示し、「この野郎」とばかりに金槌を片手に追いかけて来るのだ。顔にはモザイクもかかっておらず、令和の時代のテレビとは思えぬ衝撃映像は、大きな波紋を呼んだ。  その後、取材を進めるうちに落ち着いてきた“仙人”は、父母の面倒を見なければいけないこともあって、高齢となるまで島から一歩も出たことがない旨をとつとつと語る。  追いかけて来た姿の衝撃に加えて、そのような人物が今なおいることに驚きを感じた視聴者も多いことだろう。  しかし、この青ヶ島の事情を知る人にとっては、そこまでの驚きはなかったかもしれない。伊豆諸島の孤島である青ヶ島の住民は、戦後しばらくの間、何と1956年まで選挙権が剥奪されていたという歴史を持つのである。 「剥奪」は決して比喩ではない。公職選挙法には、このような条文があったのだ。 「東京都八丈支庁管内青ヶ島村においては、衆議院議員、参議院議員、東京都の議会の議員若しくは長または教育委員会の委員の選挙は、当分の間、行わない」  なぜこのようなことが許されたのか。選挙についての珍しいエピソードを集めた『ヤバい選挙』(宮澤暁・著)をもとに、絶海の孤島の不幸な歴史を見てみよう(以下、引用はすべて同書より)

ぼくらは牛やブタの子じゃない

 青ヶ島は東京都に属する。とはいえ、東京湾から358キロ南、一番近い八丈島からでも68キロある。緯度でいえば宮崎県とほぼ同じ。人口は170人(村のHPより)。海岸すべてが数十メートルの断崖絶壁という地形である。今でこそ整備された港やヘリポートがあるが、かつては小さなはしけ程度が接岸するだけの小さな港しかなかった。  このはしけを使って、沖合に停泊した大きな船と島を結んでいたのである。しかし時化(しけ)や悪天候があると、完全にこうしたアクセスも閉ざされる。  1950年代においても、5カ月以上も島外と人や物のやり取りがなかったこともあった。 「1955年には様々な物資が欠乏したため、東京都が物資を載せた飛行機を飛ばして、当面の食糧や石油といった生活物資をパラシュートで島に投下していることが記録されています。

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